遺されたもの - 3

 順路に沿って展示物を鑑賞していたクリストファ―とフェリクスことハンノとトヒルは、創設者についての展示が行われている部屋から、何者かの泣く声を耳にした。


「創設者は誰かを泣かせる天才なのか?」


トヒルはハンノにそう尋ねるが、ハンノは首を横に振り


「分からない。ちょっと一回のぞいてみるよ。トラブルかもしれないし」


とだけ答え、扉を少しだけ開ける。


中には肖像画が展示されており、スタッフの恰好をした男と、涙を流し続ける男がいた。髪は白いが、体型や雰囲気はそう歳をとっているようには見えない。何故泣いているのだろうか。


白い髪の人にとっては思い出の地なのだろうか。例えば、恋人と訪れたことがあるとか。永遠の別れとは悲しいものだが、別に嘆く必要はない。寿命人は皆いずれ無に還るのだから。


本当に泣きたいのはハンノの方だ。いつになっても死に方の分からない生命を要求され続ける。しかし、他者と不幸を比較したところで何も楽にならない。


スタッフの男に促されて博物館の来訪者が扉に近づいてくるのに気付くと、ハンノは慌てて扉を閉じ、彼らが出てくるのを待った。


「すみません、もしかしてお待ちしていただいていましたか? 今案内いたしますね」


スタッフの男はハンノにそう伝えると、白い髪の男へ小声で何かを伝えた。身内か何かだろうか。


「分かった。閉館時間にまた戻る。では、グレゴリーさんもそちらの方々も、良い一日を」


 白い髪の男がハンノの方を見る。ハンノは男と目を合わせると確信した。男の方は気付かなかったのか、会釈だけで順路に従い廊下を通って消えていった。だが間違いない。あのアルビノを思わせる容姿の男もハンノとトヒルと同じ仲間だ。


「今の奴、分かったか」


トヒルの言葉にハンノは頷く。まだ五百年も生きていない程度の若者だったが、間違いなく同族だった。もしかしたら、ずっと昔、この家の当主だった人物かもしれない。


「あの……お待たせしてしまい申し訳ございません。案内しますね」


ハンノとトヒルはこの博物館の創設を決定した人物の話に耳を傾ける。内容はよくある話、とまでは言わないが特筆すべき事項の多い話でもなかった。相続する人間がいなくなって、博物館として管理することにした。


作られて時間の経った家ならば珍しい話ではないと思う。だが、この話が面白くなったのはこの先だった。


「と、ここまでが公になっている表向きの理由です。ここからはナーヴィ・ゼフィンが何故この家を残し続けることにしたかをお話ししましょう。これは僕ら一族に関係する話でもあるのですが。


僕らは伝承に伝わる人物がいつ帰還しても良いようにと待ち続けていました。その待ち人がはるばるこの地に戻ってきたときに家がないなんてことにはならないように、いつでもおかえりなさいと言えるように、この場所を守り続けるのです」


グレゴリーと自己紹介してくれたスタッフ、改め学芸員の青年はそう語った。そこでトヒルは何かに気付いたのか、手を挙げて発言の許可を求める。


「おお、質疑応答ですか? 嬉しいですね、じゃあそちらのおしゃれな髪のお兄さんどうぞ」


今の時代珍しくはなさそうな青とオレンジの髪を綺麗に整えているトヒルは、返事をすると


「その待ち人はもしかしてさっきの男か? 長命人キリル、そのモデルになったキリル・ゼフィンだろう。確か一九九一年に失踪した」


核心を突くかのような質問をぶつける。ハンノには思いもよらなかった考えで、思わずそうなのと聞き返してしまった。グレゴリーは質問をしたトヒルへ拍手をしながら、そうですと頷き


「名探偵ですね。しかしあの方は一般の来場者としてお越しになっているので、どうか接触だけは」


と頭を下げる。トヒルは分かっていると答えた。


「安心しろ。俺らも同族だ。帰郷に水は差さん」


 同族、という言葉を真実と捉えたかジョークと捉えたかは定かではないが、グレゴリーは笑ってトヒルの言葉にお礼の言葉で返した。


その後、ナーヴィという人物が使っていた私物や、博物館創設当時の写真などを見学し、二人はハンノの暮らす家へ戻った。少し広いが豪邸とは言えないアパートの一室で、ソファに座り携帯で観たいチャンネルをテレビへ入力すると、ハンノは隣に座るトヒルへ話を切りだす。


「楽しかった?」


テレビは映画の専門チャンネルで、映画版の長命人キリルが後5分で始まる。


「面白かったぞ。まさかあいつの実家だったとはな。驚いた」


「知り合いなの?」


ハンノは驚きをそのままトヒルへ質問する。トヒルはそうだと答え


「まだあの男が人間に近かったころに顔を見せに行った。元ロシア貴族の末裔とは聞いていたが、改めてそうだったのかと驚かされただけだ」


ハンノはそっかと笑うと、実はね、と博物館でふと思ったことを話しだす。


「久しぶりにジェイムズとその家族を思い出したんだ。僕にも、ああやって僕を待っていてくれる家族がいたなって。キリルさんは幸せ者だね。数百年待ってくれる人がいるってさ」


 二十年にも満たない短い時間だったが、今思えばあの経験も地球人との接触とそれにおける感情の変化という点では有効なものだったと思える。それを抜きにしても誰かを好きになって、死の何たるかを知ることが出来たのだから。


「そうか。だがお前には俺という友人がいる。誰よりも長くな。それで満足しろ、とは言わないがお前は一人ではないことだけは忘れるな」


制作会社名が表示され、映画が始まるまであと少しとなった。ハンノはトヒルに小さい声でありがとう、とだけ伝えると、長命人の冒険へと目を向けた。

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