異邦人 - 5

 この星では百年ごとに世紀というものが変わる。二〇世紀から二一世紀、二一世紀から二二世紀へと、時間は前へ前へと流れ続けていた。


世界は一度オーバーテクノロジーと呼ばれるほどの発展を遂げ、戦争を経て成長を続ける科学技術とどう向き合っていくのかが何十年に渡り話し合われるようになっていた。


しかし、それほど技術を発達させようと、地球人は地球の外の知的生命体とは今だ出会っておらず、永遠に生き続ける術も入手していなかった。そんな世界で例外が二人、今日まで友情の維持に成功していた。


西暦二三四二年、ロシアのプルコヴォ空港の国際便到着口から降りてくる様々な人を眺めながら、ハンノ、今はクリストファーと名乗る青年は唯一の友人が訪れるのを待っていた。


事前に来ていたメッセージの内容からすると、そろそろ到着していてもおかしくない頃だ。入国審査で止められてはいないだろうか。なんて考えていると、周りの人よりも頭一つ分くらい抜けている背の高い青年が見えた。


長く伸ばしていた青い髪を今は肩より短く切っており、寒いこの国への対策かマフラーを巻いている。クリストファーが手を振ると、青年も彼に気付いたのか手を振り返した。


「こうして直接会うのは四十年ぶりだね。元気そうで良かった」


「お前も変わっていないようだな。嬉しく思う」


トヒル、今はフェリクスと呼ばれる青年はそう答えた。


「今は民間の観光会社を立ち上げたんだろう。君のインタビュー記事を読んだよ。初めて会った時は僕の方がお金持ちだったのに、抜かされちゃったよ」


「財を築くことが全てではない。それに、人に名が知られるようになれば正体の隠蔽もより難しくなる。若さを維持する技術が確立され、そろそろ百年となるがそれでも俺を不審に思う者は沢山いる」


 百年前、人の若さを維持する技術が開発された。これはこの星で書かれた小説になぞらえ「メトセラの子ら」と名付けられたが、この技術でも三百年で寿命に限界が訪れ、人々は若い姿のまま死ぬしか手段はなくなってしまう。


加えてこの技術を使用するための値段も高く、富裕層の中でも限られた一部の人しかこの技術を享受できていない。


「それはそうかもね。指導者はだってこの世の全てを手に入れても虚しさは無くならないって言ってたし」


クリストファーはそう答える。実際心というものが高度に発達してしまうと人は物質のみでは満たされなくなってしまう。難しいものだ。


「ところで、今回俺を招いたのは行きたい場所があるからだと聞いていたが、どんな場所だ? 着くまでは教えられんと言うから、楽しみにしていたが」


クリストファーは今日彼を呼び出した理由を伝えるのを忘れるところだった。興味深い観光地があるから見に行くだけだが、目的地を隠した方が面白いと思い、そうしたのだ。


「旧ゼフィン子爵邸、現ゼフィン家博物館、そこに案内したいと思っててね。作家のゲオルギー・ベスプラントもゼフィン家の人間で、彼にまつわる展示も行われているんだってさ」


「ああ、最近できた観光地らしいな。興味深くはある」


フェリクスはそう答えたものの、何故クリストファーがこの昔の家へ行きたがっているかまでは分かっていなさそうだ。


「その様子からすると興味ないね。実はベスプラントが書いた長命人キリルって作品、もしかしたら僕らの仲間をモデルに書いた可能性がある。それを確かめたいと思ってね。どう? 興味深いだろう」


フェリクスは一瞬目を輝かせたが、すぐに平静を装う。


「まあ、行ってやらんことも無い。せっかくの再会だ。お前の選んだ場所を楽しんでやる」


クリストファーはありがとう、と答え、空港から旧ゼフィン子爵邸への行き方を調べた。

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