人形語り - 2

 それから一年、ショッピングモールに訪れるのは若年層だったが、雑貨店というものは若者にも需要があるのだと認められるのだろう売り上げをだしていた。


加えてパスクアーレの作品も数多く売れており、次の入荷はいつなのかと尋ねてくる客も多かった。しかしそれは仕入れをしたトーマス・キートンにすら分からない。


 マンチェスターに店を出したことや、彼の作品が売れていることは一応報告していたが、パスクアーレはもうロンドンのアパートには住んでいないようだった。


アパートに住む人々に尋ねてもいつの間にかいなくなってしまったと言うばかり。


無料で譲ったあのオブジェを買った人物を報告してくれという約束も、もう守れそうにない。少し高い値段をつけたからか、未だにあのオブジェ、赤い髪の英雄は店の棚で雑貨店を、客を見守っている。


 今日は珍しいことに彼が飾られている棚に一直線に近づいてきた青年がいた。今の若者の流行りなのか、髪を明るい緑にしている。


 だが服装は先祖代々受け継がれてきたかのような深みを感じさせる暗い色のコート姿だ。そんなちぐはぐな姿が、どこかイタリア系の名を有し北欧系の顔をしたあの人形の作者に似ている気がした。


緑髪の青年は赤い英雄につけた値札を確認することもなく、まるで英雄に導かれたかのように彼を手に取ると、レジにて座るトーマスの方へと歩を進める。


「すみません、これを買いたいんです」


「二十五ポンドです」


袋はいらないと青年は言うと、財布を取り出しながらトーマスに尋ねた。


「この人形、一体誰が作ったんですか?」


「さあ。パスクアーレ・スタローンと名乗っていましたがそれが本来の名なのか分かりません。急に現れて急に消えてしまった、まるで幻のような人でしたよ」


だから再入荷はない、とトーマスが青年に伝えると、青年は何故か目を輝かせ


「ありがとうございます!」


と伝えると軽い足取りで二十五ポンド丁度だけをレジカウンターに置いて去っていった。そんな若い青年を目にすると、パスクアーレ・スタローンは世界中で名前を変えて活動する芸術家で、彼の作品を欲しがるファンが世界中にいるのだろう。トーマス・キートンはそう結論付けた。


 確かにインターネットで彼の作品を初めて目にした時、あの時味わった感情は一生忘れないだろう。もうあのサイトすら消えていたが動かされた心だけは忘れられそうにもない。


 

 イタリア北部の都市ヴェネツィアに暮らすアレクシアのもとに、今日は来客が来ていた。黒に近い茶色の髪を最低限に整え、中庭に用意した机と椅子に座って風に揺れる植物を眺めながら、アレクシアは来客へ本題に入るように促した。


「この前趣味でやってるって話した、物つくりの話あるだろ? あれで成功したというか、俺の作品を雑貨店に置いてもらえたんだ」


用意したミントティーには目もくれず、アレクシアの反応を待つ来客に苛立ちを覚えながらも、アレクシアはそうか、とだけ返した。


「もう諦めたようなものだけど、俺の失った記憶を誰かが教えてくれる日が来ると良いな、なんて思ってる」


「じゃあ手がかりの購入者をあたらなければならないな。早く聞きに行ったらどうだ」


アレクシアは冷たくあしらう。来客と目も合わせずに。折角の午後を邪魔されたのだからこれくらいはしてやらないと気が済まない。


「それはそうなんだけどね、やめたんだ。確かに記憶は取り戻したいけど、そうするべきではないとも思う。もう何度も言ったけどさ。だから俺のこと知ってる人が俺の作品買ってくれたら、俺の生存証明くらいに思ってくれると思う。俺はそれで満足だ」


「臆病だな」


「そうかもね」


アレクシアは来客を睨みつける。相変わらず派手な色の髪に黄色に近い目。奇妙な男だ。見てくれからして。


「まあ長生きしていれば会いに来てくれるかもな。お前のファンが」


来客はそうだといいな、と笑う。


「ところで、お前いつになったらロンドンに帰るんだ? もうここには十分滞在しただろう。正体の露呈を防ぐためにも、ここを離れるべきだぞ」


冗談を交えて帰ってくれないかとアレクシアは頼みこむ。しかし来客の男はその意図をくみ取りながらも、まだ一週間しか滞在してないのにひどいよと切りだし


「もうあのロンドンのアパートなら引き払った。今はまたアメリカに住んでる。なじみの街一つ思い出せないけど、まあ今の生活もなかなかに悪くないよ」


 来客はそう言うとやっとミントティーを一口飲む。思っていたハーブティーの味ではなかったのか一瞬だけ顔をしかめたが、アレクシアは気付かないふりで返す。


「本当に買った奴に関心ないんだな。とりあえずミントティーでも飲んだらせめてホテルに戻ってくれ。私の社会的地位ある生活の邪魔だ、シン」


 アレクシアは来客の名前を呼んでそう主張すると彼女もミントティーに口をつける。すっきりとした味と鼻に抜ける清涼感ある香りが素晴らしい。甘いものと楽しむとなおさらだ。次の世紀には流行りになるかもしれない。


「まあ、知る勇気が出た時に何万年でもかけて探すよ。てかお前どれだけ俺のことどっかにやりたいんだよ。出てくから俺が知らないような観光名所でも教えてくれ。見てくる」


シンと呼ばれた来客の青年は見た目だけならアレクシアと同年代だがその齢はアレクシアの六倍はある。加えて彼もかつてはこの都市で商業をする身分にあった。


 つまりこの街を全て知り尽くしている。なのに知らない場所を尋ねるとは、この男はアレクシアのもとを立ち去る気はないらしい。


「分かったから。それで、他に要件があるなら話してくれないか。なるべく簡潔に」


シンはアメリカでの新生活を語り聞かせてくれたが、アレクシアの頭の中は彼がいつアメリカに帰ってくれるのかでいっぱいだった。

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