さよならだけが人生じゃない - 6
私は涙を流しながらハンノがそう語るのを黙って聞いていることしかできなかった。ハンノは祖父のことを本気で愛してくれていたのだ。私たち家族も何とかしてハンノを見つけ出して、祖父が入院していることを伝えるべきだったんだと思う。
「ありがとうございます。ハンノさん。色々聞かせてくださって。私の知らない祖父の話を少し知ることが出来た気がします」
特にいつの間にかリビングのテレビ前に置かれていた猫の置物なんてそうだ。まさか犬好きの私のために買ってきていたとは。それに少し離れた場所にオープンしたばかりだったショッピングモールにわざわざ祖父が赴いた理由も理解できた。
「もしも、僕がジェイムズの恋人として現れて、その上こうやって人間ではないと語っても、あなた達は受け入れてくれたんですか」
ハンノがおそるおそるといった様子で尋ねてくる。正直今すぐに全てを受け入れるのは無理だ。でも彼と祖父をめぐる話や祖父の死を本気で悲しんでくれている様子、それを見ていると、なんだか拒絶することなんて出来そうにもなかった。
十年間祖父の元にいて危害を加えなかったあたり、仮に人でなくとも悪い何かではなさそうだ。
「父や母は分かりませんが、少なくとも私は拒絶しようなんて思いませんね。祖父に大切な人が出来たなら喜ばしいですし、不審に思っていたのもあなたが会いたがらなかったからですから」
ハンノは声をだして泣き始めた。すみません、と思わず条件反射で謝ると違うんです、と彼は続け
「ずっとあなた達に拒絶されるのが怖くてたまらなかった。それで僕は勇気を出せずにいたんです。もし、あの時あなた達に会うと言えていれば、ジェイムズと最期の時間までなるべく多く過ごすことが出来たら……僕はなんて過ちをおかしてしまったのだろうって」
祖父よりもずっと歳上の青年が、やはりどこか幼く感じられた。彼がどこでどんな生き方をしてきたのかは分からない。でもどこか、大人になりきれなかった部分が残っているのような気がした。
「あの、渡したいものがあるんで、ちょっと待っていてください」
私は涙を流し続けるハンノを客間に置いたままにし、客人用の寝室へ向かった。もし祖父がいじっていなければ私の探しているものはあるはずだ。
階段を駆け上がり、客人用の部屋のドアを開けると、そこには私の記憶にある質素な部屋ではなく、カップや服が何着か置かれた、誰かの生活する部屋になっていた。
いつもこの部屋には鍵がかけられており、家族用の部屋は別に用意されていたから気付けなかったのだ。ここは客人の部屋ではなくハンノの部屋だった。
ハンノも祖父の家族の一員として短い時間だったかもしれないがここで生活していた。それがありありと分かってしまい、思わず泣きだしそうになってしまった。私たち家族は、祖父のもう一人の大事な家族を放置していたのだ。十年にもわたって。
泣き崩れてしまいそうになるのを何とか堪えると、私は部屋の出窓の方へ歩き出す。やはりそのままにされていた。
赤い髪をして、白い服を着た旗を持った人物。確かに何という人物がモデルかは分からないが、どこか愛嬌のある人形だ。最初はこれだけ渡すつもりだったが、ここまでハンノの部屋として使われていたなら、一度見てもらった方がいいかもしれない。
客室に戻ると、泣きはらした顔をしたハンノが私の方を見た。
「こちら、良ければ持って帰ってください。あなたのものでしょう。あと、あなたの部屋の中の荷物も欲しければどうぞ。この家は来年から別荘として貸し出すことになるので、持ち主の分からない私物は処分すると思うので」
ハンノの前に英雄の置物を置いてやると、ハンノはありがとうございますと言って真っ赤に腫れた眼に笑みを浮かべた。
「貸別荘になるなら、ぜひとも借りなければなりませんね。お金はかかっても、またこの家で暮らせるなら、少しくらいは惜しみません。荷物なんですが、一度家に戻って鞄をとってきても良いですか? 色々置かせてもらっていたので、持ちきれる自信がなくて」
もちろんです、と私は笑顔で答える。少しすれば父母が仕事を早めに切り上げて荷物整理の手伝いに来る。ハンノのことを紹介する機会も得られそうだ。
「じゃあ先に荷物整理やってますね」
「ありがとうございます。それではまた後で」
ハンノは片手をあげると、玄関から走り去っていく。ハンノを見送った後、私はリビングにインテリアのように置かれていた本棚に、一冊だけ横向きになって置かれている本を見つけた。
その本は祖父の読みかけだったのか、しおりが挟まれていて、内容は「ハンノ」という人物が長い時を生きた末に宇宙へと旅立つ物語だった。
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