第二章 作られた有史[Geschichte gemacht]

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 シュトゥー先生は長いものさしで壁に貼られた紙を叩いた。弦を弾いたような音がして、教室の全員の注目が集まった。


 「そいういうわけで、大国と小国は上手くやっていけないのです。小国民は繊細で知的、大国民は粗暴で大柄の肉体派。私たちの考えは彼らには理解できないんです。文化や考え方の違いを首都レンティーノにある小国最大の博物館で見てきて欲しいと思います」


 シャッツはシュトゥー先生の威厳のある顔から眼を逸らした。全体がコンクリート製で暗い雰囲気を湛える校舎に、吹き抜けの窓から砂を少し含んだ風が流れ込む。シャッツは煙たさにぱちぱちと目を瞬いて窓の方をみやった。窓側の席にヘルの姿がある。シャッツと同じように退屈そうに肘をついていた。


 「おい……シャッツ」


 シャッツの背中が強めに叩かれ、面倒くさいと思いつつも先生に極力ばれないように後ろの席に顔を近づけた。視界の端にちらりと明るい金髪が映った。シャッツのクラスメイト、シュトルツ・フォン・ヘッセは口角が上がるのを我慢していた。


 「レンティーノ博物館に小国貴族の特集があるらしいぜ。俺らの家の紹介もあるんじゃね?」


 「ああ、うん」


 「着いたら一番に見に行こうぜ」


 「いや僕はいいよ」


 シャッツが乗り気でないと分かると、シュトルツは不満気に黄色い頭に両手を置いた。このクラスの中で苗字持ち、つまり祖先が小国貴族であるのはシャッツとシュトルツだった。苗字持ちであることを誇りに思うシュトルツと対照的に、シャッツは苗字などなければいいとさえ思っていた。シャッツはレンティーノ博物館への校外学習を楽しみにしていたが、今の話を聞くと行く気が失せてしまった。

 退屈な授業が終わると、博物館に向けてクラス全員が学校の前に泊まっている大きな馬車に順に乗り込んだ。シャッツは馬車に並びながら、大雑把にかばんの中をまさぐりって忘れ物がないか確認した。すると、列の前方で誰かが言い争う声が聞こえてきた。


 「お前は無駄にデカいんだから後ろ行けよ」


 「そうだ、邪魔だぞ」


 声がする辺りから頭が一つ飛び抜けていた。全員が同じような身長のクラスでこれほどの身長を持つのは、大国と小国の両方の血を引く男子生徒サク一人しかいなかった。サクは言い返すわけでも言うことを聞くわけでもなく、ただそこにむっつり顔で立っていた。高い上背と大人よりがっしりした体格のせいで、ただ立っているだけでも怖さがあった。


 「あんたたちこそ無駄にうるさいわね!さっさと乗ってよ!」


 喧嘩が起きそうな嫌な雰囲気を破ったのはヘルだった。ヘルの元気と正義感はトオレットでもロイエの夜間学校でも変わらなかった。ちょっかいをかけていた男子たちはへいへいと大人しくバスに乗り込んだ。シャッツにとって、ヘルのそういうところが面倒でもあり、いいと思うところでもあった。

 博物館に着くと、すぐに自由行動になった。宣言通り、シュトルツは貴族の特集コーナーに友だち数人を連れて走っていった。シャッツは入館すると、大人しく道順に沿って進んだ。最初の展示室をなんとなく一通り見回すと、シャッツの眉間にしわが寄った。そこにはなぜかロイエがいて、シャッツに気づくとしっと口に指を当てた。シャッツは少し離れたところで展示を見ていたヘルとお互い目を合わせた。ヘルもロイエに気がついていたようで、お互いに確認しあうように大きく頷いた。夜間学校に来ている人はロイエと外ではあまり関わらないようにしている。夜間学校が目立つことを避けるためだ。シャッツはいかにも他人のように、展示の前に佇むロイエの隣に立った。


 「来ちゃった」


 はにかむロイエに、シャッツは目を細めた。


 「そんな顔しないでくれ。トオレットの様子を知りたかっただけさ」


 「相変わらず、微妙に小国万歳だよ。クラスにも小国至上のやつがいてさ」


 「親御さんの影響かな」


 ロイエはほんの数度だけ首を傾けたのが展示ガラス越しに見えた。ガラスに映っているのはロイエとシャッツだけで、もう最初の展示室には他に誰もいなかった。

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