『宮部みゆ』
私は知っている。
村上春が私を見ていることを。
……。
……。
だからどうと言うこともない。私は恋愛なんぞには興味がないのだ。例えあの男が私のことを……。
まあ、陰キャで腐女子で眼鏡地味娘な私のことを見ているもの好きなんて、どうせ変な奴に決まっている。決まっているからオカズにしてやろうと思った次第。何やら最近、
ぐふふふふふふ。
店の隅っこで大人しく本(BL)を読んでいるだけの、本の虫と思っていたら大間違い。私の頭の中の妄想は誰にも止められないのだから、私はそれをスマホに書き綴って小説に落とし込むだけだ。
『鳩春』
鳩「いらっしゃいませ」
春「……」
鳩「ご注文は?」
春「おすすめを」
鳩「では、紅茶をお淹れしますね」
春「……ああ」
鳩「本日の紅茶、ダージリンのファーストフラッシュをお淹れします」
春「……任せる」
鳩「あっ!?」
鳩がティーポットに熱湯を注ごうとした時、お湯が跳ねて春のズボンにかかってしまう。
春「あっつ!」
鳩「いけません!早く脱いでください!」
春「だ、大丈夫だ!!」
鳩「いえ!火傷でもしたら大変ですから!」
半ば強引に鳩は春のズボンを下ろすと、春の下半身の異変に気付いてしまう。しかし、このままでは火傷をしかねないので強引に脱がしてしまう。
春「やめろおおおお!!」
たまらず春が鳩の腕を掴み、抑え込む。伸し掛かり、鳩の身体に跨り、両腕を抑えて睨みつける。
春「マスター、俺、大丈夫だって言いましたよね!?」
鳩「う……い、痛い……」
春「痛いのはどっちだ? 火傷をしたのは俺の身体じゃねえ、俺の心だ!」
春の顔が上気して赤くなっている。
鳩「は、春さん……」
春「マスター、この火傷の責任、とってくれますよね!?」
と言うや否や、春は鳩の次の言葉を発するのを許さなかった。
鳩「んっ!? んんんん……んっ……」
ハアハア……いけない。こんなところで身体を熱くしてしまうところだった。
私がもじもじしているとマスターが紅茶を届けてくれる。
このお店はコーヒーが美味しいらしいが、私は紅茶派なのだ。しかし、マスターの淹れる紅茶は、紅茶派の私を十分に満足させてくれるクオリティで提供してくれるのだ。
「本日の紅茶は、良いものが入りまして、アッサムのFTGFOPとなっております」
「ほえ?」
変な声が出てしまった! でも何? FTGFOP??
「FTGFOPとは、Finest(素晴らしい)、Tippy(先端のティップが多い)、Golden(金色でつやのある茶葉)、Flowery(かたちが良くととのった)、Orange Pekoe(7mmから12mmほどの茶葉)という、上級の部類の茶葉を意味しています」
「え、お高いんじゃないですか?」
「いえ、いつもの本日の紅茶価格でございます。私が個人的に飲みたくて仕入れている茶葉なのですが、やはりコーヒーが好きなものですから、茶葉の消費期限が近付くと提供させてもらっています」
「い、いつものとどう違うんですか?」
「そうですね、先ず香りを楽しんでみてください。とてもふくよかなのに、清々しいくらいに爽やかな香りが楽しめると思いますよ?」
「せっかくなのでお淹れしますね」
彼は砂時計が落ちるタイミングでカップにストレーナーをセットして、手際よくお茶を淹れ始めた。所作が洗練されていて優雅で美しいとさえ思える。
「ま、マフター」
しまった! マフターって何!?
「はい」
笑わずに返事してくれるここのマスターは出来た店員だ。しかし、内心嗤っているんだろ?
「これ、私なんかが飲んで大丈夫なヤツですか? 後で法外な金額を請求したりしませんよね?」
「お気に召しませんでしたか?」
「お、美味し過ぎて、ビビってます。言われた通り、ふくよかな香り。だけど雑味がなくてスッキリと飲みやすい。そして、あとに残る香りもとても優雅で心地よい……控えめに言って最高? ねえ、マスター?」
「はい」
「あの、先日いただいたクッキーって頼めます?」
「こちらのアッサム、二杯目はやはりミルクを入れるのがおすすめですが、それに合わせてスコーンは如何ですか? クッキーと然程も価格も変わりませんし」
「じゃ、じゃあそれで」
「かしこまりました」
マスターが作り置きのスコーンを温め直してくれる。
「スコーンもマスターの手作りですか?」
「はい。思い通りのスコーンを食べようと思ったら、やはり手作りでないと……お時間を頂けましたら、出来立てを召し上がっていただけますよ」
「思い通り?」
「そうですね、うちは、ミルクバターが日本に無いので、ミルクにお酢を入れて作っているのと、ベーキングパウダーと重曹を両方使っているんですよ」
「へえ?」
聴いてもよく解らなかった。しかし小麦の焼ける良い香りが漂ってくる。マスターが作るものなら間違いない。
「プレーンスコーン、クロテッドクリーム、と季節のジャム、本日は無花果のジャムをご用意しております。好みで使ってください」
「ふわあ……」
また、変な声が出た。だってめちゃくちゃ美味しそうだもん!
「マスター、これ、マスターはどうやって食べるんですか?」
「私は……真ん中の裂け目で二つに割って、そこへクロテッドクリームとジャムを両方乗せてかぶりつきます」
言われた通りにスコーンを半分にして、そこへクロテッドクリームと無花果のジャムをのせた。
一口。
口から鼻に抜ける小麦の香りが凄い。その後に来る無花果ジャムの旨味、風味、甘味。それらをすべて包みこんで優しくコクを加えてくれるクロテッドクリーム。なんてガーリーな食べ物なの!? 私なんかが食べて大丈夫!?
私は自然にティーカップに手が伸びて、最近流行りのベージュ色をした液体を流し込む。
「ふうわ!! マフター、おいひいれふ!!」
「それは良かった」
視線。
くっ、しまった!? 油断した。村上め、もしかして今の見た!? 見られた!?
「マスター……」
「何でしょうか?」
「村上のヤツ、私のことは何か言ってましたか?」
「いえ、何も?」
「そう……ですか」
「何か伝えますか?」
「いっ!? いやいやいやいや、何でそうなるの!? 絶対にないから!! ないないないない、うん、ない!」
「わかりました」
くそっ、マスターめ、総受けのクセに私を責め立てるなんて……左右逆転にしてやるんだから!!
今日はマスターが攻めで……受けは……くっ……。
今日は自分でも妄想が止められそうにない。
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