『GLANP』

 『BAKERY GLANP』はうちの店、『鳩小屋』の食パンを作って頂いているパン屋さんだ。


 私の好みを伝え、いくつか試作していただき、小麦粉の種類から配合の割合まで、レシピ化して受注生産で作ってもらっている。

 女性四人で運営している小さなお店なのだが、丁寧で細やかな注文まで、可能な限り応えてくれるのが有り難い。たまにデザート作りの相談にも乗ってもらっている。


 毎朝山形食パンを納品していただいているのだが、ある日、突然こんな事を言い出した。


「マスターさん、マスターさん!」

「あ、おはようございます」


 いつも食パンを届けてくれる大川七さんだ。


「おはようございます! ねえねえ、マスターさんのお店で食べた食パンが美味しいって、うちの店に来てくれているお客さんから聴きましたよ!」

「へえ」


「なんか、うちのパンが褒められてるみたいで嬉しかったです!」

「まあ、GLANPさんのパンですからね?」


「いやいやいやいや、あのレシピは『鳩小屋』さんだけにしか作ってませんからね?」

「え? そうなんですか?」


「だから私、今日はモーニング食べて帰りたいんですけど、駄目ですか?」

「いいですけど……お仕事、良いんですか?」


「店の皆にも潜入捜査、偵察の事は言って来てますから! 今日は大丈夫なんです! それに店の皆も興味津々で!」

「いや、GLANPさんおたくで作ってるんですから味見くらいするでしょう?」


「お、それ言っちゃいます? うちもオリジナルの食パン売ってますし、それなりの定評はあります。あちこちから注文も入りますし、当然自信だってありますよ? それが、あんなキラキラした目で『美味しかった』なんて聴いたら、『鳩小屋』さんへ卸しているパンの味くらいみますよ? それが普通に美味しいんですが、うちのパンとそれほど差があるとは思えない、と言いますか、生で食べる分には、失礼ですが、うちの方が美味しいんじゃないかと思っています」

「じゃあ、良いじゃないですか」


「プロを舐めてもらっちゃ困りますぜ、旦那? パンを卸したからにはその先まで探求するのが生産者の性というもの!! 鳩小屋さんの秘密を丸裸にしてさしあげますわ!!」

「はいはい」


「あ! マスターさん、今バカにしたでしょう!?」

「それで? トーストで良いんですか?」


「もう! 上手いことはぐらかしちゃって!! それで? 他に何があるのかしら??」

「はい、うちのモーニングは四種類。トースト、クロックムッシュ、クロックマダム、フレンチトーストとなっております」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……くっ殺せ!」

「何なんです?」


「どれにするか選べん!! あ、飲み物はコーヒー牛乳!」

「……」


──カランコロンカラン♪


「まいど」

「あ、星さん、おはようございます」


「いつもの」

「はい、お待ちくださいね」


「なんや、今日は一番乗りやなかったんかいな」

「はい、うちに卸してもらってますパン屋さんです」


「ほんまか、いつも美味しゅういただいとります」

「いえいえ、お粗末様です」


「ここのトーストは絶品やさかいな。毎日通うてますねん」

「はあ、大阪からですか?」


「アホ言いな、ほんなわけないやろ? 嬢ちゃんおもろいな! わはははは」

「よし決めた! マスター」


「はい」

「自分のお腹に正直になることに決めました! てなわけでマスター、フレンチトースト!」


「はい」

「そう言えば、トーストとピーナツバタートーストしか食べたことあらへんな? 美味そうやったら、今度ワシも食べてみよかなぁ?」


 うちのフレンチトーストは前日からの仕込みだ。バットに卵液アパレイユを注いで、山型食パンを切らずに並べて浸している。なので一日十食限定だ。ちなみにうちのフレンチトーストはパンの耳は切らない。フレンチトーストと言って入るが、私はトーストのステーキだと言いたい。パンの美味しさを、余す所なく味わって欲しいのだ。なので、せっかくのパンの香りを阻害しかねないバニラなどは入れない。シンプルにミルク、玉子、ブラウンシュガーだけだ。ブラウンシュガーを使う事に、そこまで深いこだわりがある訳では無いが、コクが増すので私が好きなだけだ。


「大川さん、仕上げにキャラメリゼする事も出来ますが、どうなさいます?」

「え? どっちが美味しいんですか!?」


「好み?」

「ぐぬぬぬぬぬ……」


 また悩み込んでしまった。


「では、半分にして両方作りますか?」

「それで!!」


 私は超厚切り(四枚切りくらい。ちなみにトーストも同じ)のパンをバットから取り出して、フライパンで焼いていく。ここでカットすると卵液アパレイユが漏れ出すからだ。


 バターが焦げないように、サラダ油を入れてからバターを入れ、そこへパンを投入。


 じっくり両面焼き色をつけたら、もう少し中まで火を通す為に半分にカットしてオーブンへ入れる。


 その間にグラニュー糖を溶かし、溶け始めるタイミングでオーブンからパンを取り出して、下半分の方をキャラメリゼしてゆく。何故下半分かと言うと、山型のほうが耳が香ばしくて美味しいからだ。なので下半分をキャラメリゼして食感を楽しむべきだろう。


「めっちゃええ匂いやな!!」

「マスター、えげつないもの作りますね!! こんなん絶対に美味しいヤツ!!」


「キャラメリゼした方はカリカリになるまで冷ましますが、先に普通の方を食べますか?」

「ぜ、是非〜〜!!」


「では、こちらをどうぞ」


──コトリ。


「追いバター!! 涎が止まりませんよ、マスター!」

「いいから早く食べてください」


「いっただっきま……あ、写真撮って報告しなきゃ!!」


 そう言うと、彼女はスマホを取り出して写真を取り始めた。


「さあ、食べちゃうよ!! アム!」


 大川さん、黙りこくって目を瞑ったと思ったら俯いてしまった……あれ? そんなでもなかったかな?


「マスター!」

「え、あ、はい?」


「本当にうちのパンですか!? とにかくこのパン! パンが美味しいのが大前提!! そのパンを引き立てているのが中の卵液、アパレイユだとしても、バニラとか入れてないから小麦の香りを邪魔しない! そしてたっぷりのバター! やはりパンとバターの相性は最強!!」

「はい、GLAMPさんのパンじゃないとこうは行かないですよ。特にこの山食、耳の香ばしさがこのフレンチトーストの風味を底上げしてくれています」


「私、実は私は『耳なんて要らない派』だったんですが、今日から『耳は絶対につけろ派』に乗り換えます!!」

「なんですか、それ?」


「うちのパン、耳まで美味しいと謳っていながらお恥ずかしい。私はフレンチトーストの時に耳は切って焼いていたんですよ!! それがこんなに美味しい、なんなら耳を最後に食べたいくらいに美味しいなんて、目からウロコですよ!!」

「へえ。では、コーヒー牛乳も入りましたし、こちらのキャラメリゼした方もどうぞ」


「うっひょおお!! ……あらやだ、変な声出しちゃった!」

「ひょうきんな姉ちゃんやなあ」


 大川さんは一通り写真を取ると、バリッ、と小気味よい音をさせて豪快にかぶりついた。


「んんんんん〜〜〜〜!!」

「おお、姉ちゃん悶絶しよるでマスター?」


「本当ですね?」

「マスター! なんて凶悪なモノを作るんですか!! これ、本当にモーニングなんでふか!? あ、かんだ!」


「お気に召しませんでしたか?」

「いいえ? キャラメリゼされた歯応えはさることながら、その焦げた砂糖の香りがあの優しかったフレンチトーストの輪郭をハッキリ、クッキリと形作っています!! 食べるほどに、噛むほどに染み渡る味、旨味、香り! 美味し過ぎて腹が立つ事もあるんですね? これは、他のモーニングも調査しないといけませんよ!?」


「いつでもどうぞ?」

「じゃあ、明日も来ます!!」


「よし、明日はワシもフレンチトーストにするわ」

「まあ、私はクロックムッシュですけどね!!」


 と言って、残ったフレンチトーストをモグモグと食べ進め、合間合間にコーヒー牛乳を流し込む。美味しそうに食べてくれると、こちらも気持ち良いね。


 まあ、やはり美味しい珈琲に美味しいパンは欠かせない。こんな探究心旺盛な職人さんがいるからこその『BAKERY GLAMP』と言うことなんだろうな。













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