『尾田栄一』

「ねえ、マスター?」

「何でしょう?」


「大学生って大人だと思います?」

「……微妙」


「ですよね? どんなところが微妙だと思います?」

「……体はほぼ成熟しますが、精神年齢と合致しないところですかね?」


「さすが大人の言うことは説得力ありますよね!! 俺なんて高校生だから、身も心もお子様っスよ!!」

「何かあったんですか?」


「……それ、聴きます?」

「いえ、いいです」


「ちょっとマスター? そりゃ無いんじゃないスか? 少しくらい聴いてくれたって良いっしょ?」

「聴くだけなら?」


「はいはい、それで良いっスよ。恋愛経験のないマスターには期待してないっスからっ!!」

「……」


 俺がこの店に初めて来たのは、先日、後輩の吉本みかんに呼ばれて来た時だった。俺はこの店の水だけ飲んで、何も注文もせずに、出て行ってしまったのだ。

 何だか申し訳なく思い、後日訪れたのがキッカケで、ちょいちょい顔を出すようになった。


──コトッ。


「どうぞ」


 メニュー名:キューピット。俺のお気に入りはコレだ。


 名前からはどんな飲み物かなんて想像出来やしないだろう?

 俺が注文したのも、怖いもの見たさだった。だが今では毎回これを飲んでいる。


 キューピット。それはカルピスのコーラ割りの事を言う。大阪でもごく一部しか知られていないメニューだ。他にもエンゼルなんて飲み物もあるが、それはそっちのけでキューピットばかりを飲んでいる。

 マスター曰く、好みはスッパリと二分されて、受け入れられる人にしか受け入れてもらえないらしい。なんてモノをメニューに入れるんだ?なんて思ったのは束の間、今ではリピーターなのだから世話はない。


 味といえば甘い。とにかく甘い。乳酸飲料のカルピスと炭酸飲料のコーラなので分離してコーラが上、カルピスが下と、綺麗な層が出来ている。カルピスの比重が非常に重いために、かなり混ざり難い。まあ、わかったことなのだが、コツがあるのだ。底に沈殿するカルピスをすくい上げるように、上下に掻き混ぜれば上手く混ざり、混ざった所をストローで吸う。

 味と言えば甘酸っぱくてシュワシュワと泡に消える、まさに初恋の味?


 ……。


「それで?」

「う、うん。俺の彼女、年上の女子大生なんだけどさ? 最近浮気してるんじゃないかって思ってる」


「それはどうして?」

「何か先日さ? うちの彼女さん、社会人の人と合コンしたらしいんだ。そうしたら有名企業の人から声をかけられたらしい」


「うん」

「そんなのどう考えたって、俺に勝ち目無くない? 浮気だってするだろう? とにかくその後から、俺と会う時間が減った気がするんだ」


「へぇ」

「……それに合コンとか、やっぱり浮気してると思いません?」


「わかりません」

「どうしてだよ!? 合コンなんて男漁りじゃねえの? それに俺なんかよりずっと条件良いんだぞ!?」


「条件?」

「写真見たら、顔も格好良さそうだし、背も高いし、学歴だって収入だってある」


「……彼女は君のどこが好きだって?」

「ん? ……へへ、か、可愛いところ?」


「じゃあ、勝ってるんじゃないの?」

「そ、そうかな?」


「彼女にストレートに聴いてみると良いよ。君のこと、本当に可愛いと思っているのなら、そんなヤキモチだって可愛い筈だろ?」

「そ、そうかな?」


「さあね?」

「もう! マスター!? 子供だと思ってからかってるでしょ!?」


 マスターは何も言わずにニコニコ笑ってやがる。……可愛い奴め。あ、彼女には会わせらんねぇな?



──二日後。


「ねえ、マスター?」

「はい」


「俺さ、昨日、彼女のことフッて来ました」

「そうですか」


「何かさ……」

「はい」


「俺、エッチが下手なんだって……」

「へえ?」


「笑いたければ笑ったって良いっスよ?」

「興味ありませんから」


「あそ。でも俺、マスターのそう言うところ好きっス。彼女……子供っぽい年下の男のが好きなのは確かでしたが、体は大人なんですね。刺激が欲しいそうで、俺にはその期待に応えてあげられなさせそうでした。まあ、そんなの関係なく、浮気されていたのが許せません。俺、そんなに寛容じゃないんで、他の男に触られた彼女のことが気持ち悪くなって……なのでフリました……」

「そうですか」


「エッチって……やはり上手い方が良いんですね?」

「そうなんですか?」


「だって……俺、彼女しか知らなかったから、どんな風にすれば喜ぶかだなんて、わからないし、教えてもらってないから……皆、どこで覚えるんですか?」

「それ、私に聴きます?」


「彼女いなくても、そう言うお店とかには行くんじゃないですか?」

「……私、生まれてこの方一度も行ったことありません」


──コトッ。


「今日は、こちらをどうぞ……」

「え? キューピットが良いな?」


 と言いつつ、マスターのオゴリみたいだし、飲んでみることにした。


『エンゼル』


 こちらはカルピスを牛乳で割ったものだそうだ。


 コク、一口飲む。


 カルピスを牛乳で割るとか考えたこともなかったけど、こんなに優しい味になるんだ? そして、キューピットと違って甘さも和らいで、とっても滑らかな口当たり。爽やかな生クリームを飲んでいるみたいだ。 


「優しいですね」

「でしょう?」


「いえ、マスターがっスよ」

「へ?」


「俺、新しい彼女が出来たら、マスターに紹介します。そして、大人になったら、ここのメニューを全て制覇しに来ますね!?」

「ええ、是非♪ 楽しみにしております」


 昨日、彼女をフッた筈の俺の心はギスギスしていて、もう女なら誰でも良いかと思っていたが、違う。ちゃんと自分に合った女性を探そう。彼女に甘えてるだけじゃダメだ。自分も成長しないと、お互いの為にならない。そういった意味では、今回とても良い勉強になったと思える。


 エンゼル、美味しかったな。飲んでみないとわからないものだ。キューピットの恋の味よりも、このエンゼルの優しい味の方が今の俺には合っている。


 そんな気がした。











 

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