『吉本みかん』

「ねえ、マスター?」

「はい」


「独身?」

「はい」


「彼女さんは?」

「いません」


「じゃあ、好きな人は?」

「いません」


「そう」

「はい」


 駄目だ。


 この男に恋愛相談をしようだなんて、思った私が馬鹿だった。しかし、私が相談出来る男性なんて限りがある。こんな朴念仁でも男は男、仕方あるまい。


「じゃあ、ひとつだけ聴いても良い?」

「はい」


「私ってどう?」

「……何がですか?」


「それ、言わなきゃわかんない? 女性として魅力的かどうかって事よ、どう?」

「どう、と言われても」


「ハッキリ言ってちょうだい?」

「本当に良いんですか?」


「もう、良いから早く!」

「子供に興味ありません」


「そうじゃないでしょ?」

「どう言うことでしょう?」


マスターおじさん目線で聴いてないから! 私の年齢、つ・ま・り! 男子高校生から見た時、私が魅力的かどうかって事!」

「仮に私が高校生でしたら……」


「うんうん、そうそう、よく見て?」


 私、吉本みかんは、自分の見た目に少しくらいは自信がある。小学生の時に男子に告られた事だってあるんだから。


 あれから少し大人になって、身体つきだって女らしく凹凸が出来てきた。

 ファッション雑誌でファッションやコスメの勉強だってしてる。こう見えて、少しくらいは女を磨いてきたつもりだ。


 そう、高校生活で素敵な恋愛をする為に!!


 と言うのは、理由わけがある。


 不肖、吉本みかんは一度だけ恋愛に惨敗した経験があるのだ。


 思い出したくもないが、語っておこう。あれは、中学三年生の卒業を控えた三学期末だ。



 私は校舎裏に好きな男子生徒を呼び出して、告白しようとしたのだ。結果は知っての通り惨敗だった。


「私、〇〇君が好きです。私と付き合ってください!」

「え?無理。俺、〇〇さんが好きだから、吉本とは付き合えない」


「〇〇さんの何処が好きなの?」

「主に顔。それから……教えない」


 胸か。


 視線でわかるよ、男と言う生き物は……。いや、女の私から見ても羨ましいが、そんなに胸が良いのかね? まあ、無いものねだりと言うものか。私はまだ成長期。うちの母親はCくらいはあるだろう。と言うことは、私だってそれくらいは大きくなると見込んでも良いと言うもの。


 〇〇君のことはスッパリと諦めて、そこから私の女磨きが始まった。



 このあと、今一番気になっている尾田先輩をここへ呼び出している。ここのマスターはアレだか、店の雰囲気は悪くないのだ。そして何よりも人が少ない。


 カランコロンカラン♪


「ごめん、待った?」

「ううん」


 マスターの返答を聴く前に、目当ての彼が来てしまった。仕方あるまい、ぶっつけ本番だ。


「ところで、話って何?」

「うん、先輩、とりあえず何か飲みます?」


「うん、水が欲しい。部活終わりで走ってきたから喉がカラカラなんだ」

「マスター?」


 コトッ、早い。言葉が出るや否や、水が運ばれた。しかもピッチャーまで用意してる。やるなマスター、案外出来る奴なの?


「くっ! っは──っ!! すみませんマスター、生き返りました!」


 マスターあいつ何も言わずに目だけ笑いやがった。……やるじゃん。


「で、吉本さん、俺になにか用?」


 いや、だいたいわかるでしょうよ? それとも、鈍感装ってる?


 私も高校生だからね。好きだからと言って、感情だけに流されたりしないんだからねっ!?


 そんな、先輩の爽やかなスマイルに惚れたなんて、私、チョロくないからっ!! 可愛いけど!!


「単刀直入に言うね?」

「ん? うん」


「私、尾田先輩の事が好き! だから、友達になって!!」


 私も大人になったもんだよ。直ぐに彼女になろうだなんて、焦っても良い結果なんて生まれない。ならば友達から距離を縮める作戦だよ!? さあ、『うん』と言いなさい?


「ごめん。俺、付き合ってる女性ひとがいるんだ」

「え……そうなの?」


 私のリサーチは完璧な筈だった。少なくともうちの学校にはいない筈だ。一体誰よ!? もしかして、ゲイ? そっちなら諦めて、寧ろ応援してやるわよ!! 至近距離から!!


「うん、俺が進学目指してる大学の先輩なんだ」

「女子大生……」


 何だろう? この得体の知れない敗北感。何一つ勝てる気がしない。


「うん、ごめんね? 話はそれだけ?」

「あの……」


「うん?」

「ひとつ、参考に聴かせてください」


「いいよ?」

「先輩は、その彼女さんのどんな所が好きなんですか?」


「ん〜……。大人なところ? 包容力があると言うか、甘えられる?」

「へぇ〜」


 ぜんっぜん、共感が持てなくて、つい平坦な返事をしてしまった!!


「あ、すみません。こちらから聴いておいて……」

「良いんだよ。俺、今すっげえ幸せだから♪」


 何? このリア充男はっ!? いやまあ、羨ましいし、私もそんな風に言えるようになりたいよ? ともかく、この手の男もいると言う事を覚えておこう。包容力、母性? 結局、胸? 胸なの? それとも男って、マザコンなの?


「先輩、貴重なお時間をありがとうございます! 彼女さんと幸せになってください!」

「おう、ありがとな、吉本。お前も早く良い男みつけろよ!?」

 

「その時は恋愛相談乗ってくれますか!?」

「おう、良いぜ? あ、彼女に聴いても良いかもな?」


「それは……何か当てられてるみたいで嫌だなぁ。先輩? 惚気けたいだけなら他の人にしてくださいね?」

「わははははは! バレたか! まあ、がんばれよ、吉本!」


 私は「はい」と空返事をして、尾田先輩の背中を見送った。


 ……。


 中学生の頃みたいなダメージはない。だけど、ますます男が解らなくなる。


「ねぇ、マスター?」

「はい」


「男ってマザコンなの?」

「どうなんでしょうね? 昨今はロリコンも多くないですか?」 


「……つまり、変態?」

「フェチのことを変態と翻訳するならば、そうかも知れませんね?」


「ちなみに。さっき聴きそびれたけど、マスターは、私のことどう見える?」

「高校生目線ですよね?」


「そう」

「……」


「頑張ってる女性は、嫌いじゃないですよ」スッ。


 ハンカチ? ……え? 私……泣いてた? くっ、悔しい。マスターに涙見られるなんて最悪だよ、もう……ん?


 コトッ。


「これ、食べて」


 ……生クリーム盛り盛りのパフェだ。私の大好きなプリンも入ってる。


「サービス?」

「他の人には、内緒にしてくださいね?」


「マスター大好き♡」


 マスターがロリコンなら良いのに。なんて思ってしまっていた。











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