第157話 幼女

「わかったか? 人間は死んだら生き返らないの。だから死に顔なんて他人に見せられるもんじゃないんだよ」

「でも、私は生き返るわよ? 私は人間じゃないの? 彼女も私と一緒に生き返るのに……私たちは人間じゃないのかしら? 人間じゃないならなに? 悪魔? モンスター? 宇宙生物? 召喚獣? それとも、やっぱり神なのかしら?」


 黒い蛇を使ってこちらを攻撃してきていた彼女を止め、俺はひたすらに会話を続けていた。なんとか攻撃を止めてくれたが……言葉で女性を口説くことなんて初めてなのでどうすればいいのかわからない。

 なんとかまずは人間の常識を教えてやらないと駄目かと思い、人間は死んだら生き返ったりしないと教えてやったのだが、自分は生き返るからの一点張りで聞いてくれない。それでも攻撃を止めてくれたのだからマシかと思っていたら、今度は自己の決定から再定義し始めようとしたのでなんとかそれを止めないと、なんて考えながら彼女のことを見つめていた。


「どうして? なんで人は死んだら生き返らないのかしら? おかしいじゃない」

「おかしくない。人は生まれて死ぬ……そのサイクルを繰り返すことで世界は成り立っているし、それが生物としての当たり前なんだ。どんな動物も、どんな植物も生まれる時があれば死ぬ時がある」

「死は怖くないの?」

「誰だって己を失うかもしれないと言う恐怖は持ってるさ。常日頃から考えていないだけで、自らの心で死と向き合う方法を考えなければならない時がくる。でも……その時になれば誰だって受け入れるしかない。人間は死に恐怖することはできても、対抗することなんてできないんだからな」

「抵抗できないから、考えない……それは先延ばしにしかならないわ。現実逃避をして未来の自分に投げるだけの無責任な行動……貴方はそれでいいと、そう言うのね?」

「それでいいんだよ」

「え」


 自信満々に肯定されると思わなかったのか、タナトスは俺のことを見つめて目を見開いた。


「さっきも言っただろ? 誰だって死ぬことは怖いし、それに絶対に向き合わなきゃいけないなんて、なんて残酷な運命なのだろうと思うことばかりだ。けど、それが生きるってことなんじゃないのか?」


 哲学的で、抽象的で、あくまでも個人の考え方でしかない。それでも……俺は全てが間違っているとは思わない。


「はぁ、やめやめ」

「はい?」

「こんな真面目なことをべらべらと語るなんて俺っぽくないから、もうやめようぜ」

「しかし……私は貴方が語る命の意味について酷く興味を持っている。だからそう言わないで色々と教えて欲しい……貴方が何を考えて生きているのか、何を考えて他人の命を奪っているのか、何を考えて……死と隣り合わせの世界で生きているのか」

「何も考えてないよ。俺は生きることに精一杯で、自分の命と手の届く範囲の人々を助けることばかりを考えている……優柔不断で欲張りで傲慢で馬鹿なだけの男だ」


 俺の本質など、自己中心的な考え方をしているって部分しかない。

 他人の命を助けたいのは見捨てたくないから。自分の命を助けたいのは死にたくないから。ダンジョンでモンスターを狩って働いているのは適性があったから。組織の命令に従って仕事をしているのはそれが楽だから。襲われた相手のことを普通に殺してしまうのは自分が死にたくないから。

 全部自分が中心の考えで成り立っている。もう少し俺が大人になればもっとかっこいい生き方もできるのかもしれないが……所詮は少し過ぎた力を与えられただけの男子高校生だ。俺には、無駄なことを考える頭も無ければ精神的な余裕だってありはしない。


「俺のことが気になるとか、命の意味とか……難しいことを考えるならまずはやることがあるはずだろ?」

「それは、なに?」

「こんな熱いダンジョンの中から出るってことだよ。小難しいことをこんな場所で考えたってまともな答えなんてでないんだから、クーラーが効いた部屋で茶でも飲みながらだらだらと考えた方がいいに決まってるだろ?」

「……変な、人」


 タナトスと名乗った彼女は、ゆっくりと全身から力を抜いていき……雰囲気が変わっていく。恐らくは人格が交代したって所だろうが……人格が変わっても特別なアクションを起こさない所を見ると、どうやら意識が共有されているのか、それとも境が曖昧なのかもしれない。二重人格と言うよりは、戦いになると性格が豹変したりする、みたいなものに近い形なのかな? なんにせよ、俺はなんとか言葉だけで彼女を宥めることができたらしい。

 息を吐いてからちらっと横に視線を向けると、ハナが感心したような表情で頷いていた。


「なんだよ」

「いや、見事な説得だったなと思って……主様はやはり詐欺師など向いているんじゃないか?」

「それは馬鹿にしてるよな? 俺のことを馬鹿にしている人間からしか出てこない言葉だと思うんだが、絶対に馬鹿にしてるよな?」

「あぁ、少し馬鹿にしている」


 ぶん殴るぞ。

 苛立ったので少々乱暴にハナの召喚を解除してからタナトスの手を握った。

 いきなり手を握られことに首を傾げたタナトスは、そのまま視線を上に向けて俺の顔を見つめた。


「これは?」

「ちょっとついてきてもらうからな……そう言えば、名前がないって言ってたけど、どうやってこんなドイツまで来たんだ? 戸籍とかパスポートとかどうしたんだよ」

「送ってもらった」

「送って? 誰に?」

「名前は知らない。ただ……いつも通り、人間を殺せと言われて……私はここで待っていた」


 組織の人間にってことか……裏のルートでタナトスをここまで運んで、俺のことを始末するように仕向けたってことだろうが、彼女の待遇から考えるに、きっと彼女は組織内でも特別な人間だったのだろう。

 まだ人格が完全に入れ替わっていないのか、最初より少しぽんやりとした様子を見せるタナトスだが、俺に導かれるまま後ろをついてきている。握った手を何度も握り直して嬉しそうに笑っている姿を見ると、なんとなく幼女っぽい雰囲気だな、なんて思ってしまったが、見た目の年齢は明らかに俺より上なんだよな。

 うぅむ……それにしても、これからどうしようか。俺は裏組織の人間と真面目に戦うつもりでここに来ていたんだが、こんな何も知らなさそうな精神が幼女と出会って、連れて帰るハメになるとは。グリズリーさんになんて言われることやら。

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