第158話 信頼が無い
「……頭が痛い」
ミュンヘンのホテルの一室で、グリズリーさんが頭を抱えて項垂れていた。
ミュンヘンに用事があると言って、特に詳しいことを喋らずにここまで来ていたのだが……付き添い目的でエドガーさんとグリズリーさんが一緒に来ていたのだ。エドガーさんは通訳担当で、グリズリーさんはドイツじゃなくて隣国のフランに用事があったらしいのだが……その日のうちにミュンヘンまで戻ってきていた。
俺がダンジョンから無事に帰って来たことを素直に喜んでくれたのだが……その後が問題でしかなかった。
「ダンジョン内で人間を拾ってくるなんて思わないだろうが……普通に考えて、そんなことするか? 俺は今までそんなことをしている召喚士なんて見たことも無いぞ……エドガー、これは本当に現実か?」
「現実逃避しても無駄だよ。そもそもシュンスケはそういう人間だし、普通の人間が考える常識からはかなり外れている存在だから……これは想定しなかったこっちの責任だって言ってもいい」
「そうだな……そもそも詳しいことを言わずにミュンヘンに用事があるなんて言い出した時点で止めるべきだったんだ。こいつは非常識な人間だが、内容を喋らずに俺たちをこんな所まで連れてくる時点でおかしいって気が付くべきだったんだろうな……その時点で既に俺たちは選択を間違えていた。最近のこいつは大人しいなんて思っていた俺が馬鹿だった」
散々な言われようである。しかし、今回に関しては俺が全体的に悪いことは自覚しているのでなんとも反論がしにくいのは事実……プラスで言うのならば、そもそも相談しなかったことが俺の悪手なのだからそこまで落ち込まなくてもいいと思う。
俺の横に座っているタナトスは随分と落ち着いた様子で、大人しくベッドに座ってお茶を飲んで……なんか遠くを見ているだけで別に落ち着いているわけではなさそうだ。
「……で、とりあえず全て説明してくれるんだろうな? なんでいきなりドイツに……ミュンヘンに行きたいなんて言い出したのか、それと彼女についても喋ってもらうからな」
「あー……それはそうですね」
ここまで言われたい放題になっているが、実はミュンヘンで彼女を拾ってきたことしか説明していない。ダンジョン内で色々あっていく場所も無いようだから拾って来たんですよとか説明していないのに、あれだけボロクソ言われてしまったのだ。これからそれをしっかりと説明しないといけないと思うと……なんだか心が沈んでしまう。いや、胃が痛くなったりしないから俺の方が酷いのかもしれないなんて、頭を抱えているグリズリーさんと諦めたような顔をしているエドガーさんを見て思った。
「まず、どうしてミュンヘンだったんだ? ダンジョンに行くだけならどこでもよかっただろう? それに、ミュンヘン近郊にはそこそこ実力のある魔術師や召喚士が多いことからも、このダンジョンで大きな問題が起こったことは今まで聞いたことも無い……つまり、お前にはダンジョン内で起こった問題以外の用件があったわけだ」
「それが彼女です」
「説明になっていない。彼女が理由なんだとしたら、なんでお前はミュンヘンのダンジョンに彼女がいることを知っていたってことになるし、そもそも理由だからってだけで拾ってくるなんて意味がわからないだろう。ダンジョン内で助けた人間対しても、お前がそこまでやったことはないと記憶していたが?」
「……彼女は俺を殺す為に送り込まれてきた刺客です」
その一言で、再びエドガーさんの動きが止まり、グリズリーさんの全身から魔力が放たれた。怪我で引退したと言っていたが、その迫力は健在で……向かい合って座っているだけで凄まじい圧力が向けられているのがわかる。しかし、タナトスはぼーっとグリズリーさんを見つめているだけで圧力に対して反応することも無く、また緊張した様子も見せない。
数秒間そのままタナトスを見つめ続けていたグリズリーさんは、彼女が反応しないことに気が付いてから大きな溜息を一つ。そのまま視線をこちらに向けてきた。
「どうして命を狙われることになったのかから喋って欲しい所だが……まず聞きたいのは、何故命を狙うような相手を連れてきた」
「危険が無いと判断したからです。彼女からは敵意は感じない……と言うより、判断能力が無いと言っていいでしょう。あまりにも精神が幼く……敵と呼んでいいかも憚られる状態です」
「私、子供なのかしら?」
「精神的にってことな?」
くいっと俺の袖を引っ張るな。その動作そのものが幼女だろと思わなくもないのだが……彼女は俺より少し低いぐらいの身長で、黒髪は大人の女性が醸し出す艶が見られるし、なにより肉体の年齢がどう見ても20を超えているのだ。
「連れてきた理由は彼女が敵ではないと判断したからなのは違いないです。でも、それ以上に俺は彼女から聞きたいことが沢山あったから連れてきたんです」
「聞きたいこと?」
「彼女は……現在、国連が追っている裏組織のメンバー……それも幹部クラスだと思います」
再び、グリズリーさんの全身から魔力が放たれる。しかし、今度は明らかに全身から殺意が漏れていた。直に殺意を浴びせられたタナトスはゆっくりと首を傾げながら……だらんと伸びた両手から黒いヘドロが滴り落ちた。
「待て、タナトス……グリズリーさんも落ち着いてください」
タナトスが魔力を滴らせたのは殺意を向けられたから……条件反射みたいなものだと俺は理解しているが、傍から見たら今から2人を攻撃しようとしているようにしか見えない。
エドガーさんに目配せをしてなんとかグリズリーさんを止めてもらい、俺は詳しい事情を口にする。
「彼女は組織から幹部クラスの待遇を受けているようですが、なにも知らされていないようなんです」
「知らされていない?」
「……まるで幼児のような倫理観と知識で生きている彼女ですが、どうやら誰かに俺を殺すようにと頼まれてあのダンジョンにいたんです。俺は日本で、組織のメンバーらしき人間からミュンヘンに来いと言われていました」
「だからミュンヘンに……なんでその時に相談しなかった」
「止められると思ったからですよ」
俺の言葉に、グリズリーさんは反論しようとして……そのまま止まった。多分、自分でも反論すると思ってしまったんだろうな。これは俺の我儘でしかなかったのだが……あの時の俺がやるべきことは、グリズリーさんに相談してしまい、国連と言う巨大組織を使うことだったんだろうな。まぁ、後悔はしていないが。
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