第57話 龍虎

 悪魔の巣に来るのはこれで何回目か……まぁ、グリズリーさんの言う通り、それだけこの国でも特に監視の目が強い場所なんだろうな。確かに、このダンジョンは立地的に決壊して中のモンスターが外に出た時の被害が尋常ではないことになるのは間違いない。そういった観点から考えても、悪魔の巣が重点的に間引かれるのは正しい行為なのだろう。人が少ない地方だから決壊させていいとかそういうことではないが……被害の大きさを考えると人員を割くのが当たり前ではある。


「ハナ、イザベラ……目についたモンスターは手当たり次第に攻撃していくぞ」

「わかった」


 これだけ切羽詰まった状態でモンスターを間引いてどこまで効果があるかはわからないが、なにもしないよりは遥かにマシな筈だ。

 モンスターを殺しながら奥へと進んでいくと、確かに普段とは違う光景が所々で見られた。具体的に言うと、明らかにモンスターによるものではない破壊の痕跡が残っていたりするのだ。ダンジョンの内部は魔法なんかで破壊しても、数時間もすれば元に戻っていたりするぐらいには自己修復機能が強いので、ここまで他の人間が付けた傷がくっきりと残っているのを見ることはあまりない。しかし……グリズリーさんの言う通り、今はかなりの人数がこの悪魔の巣で戦っているようで、所々に剣で斬り付けた痕跡や、魔法で焼けたような痕跡が残っている。


「む、敵か」

「いや……あれは違うぞ」


 しばらく悪魔の巣を走っていると、前方に見たことの無いモンスターが歩いていた。敵じゃないかと判断したハナが剣を構えたが、俺はあまりにもこの悪魔の巣に似合っていないモンスターの外見からあれがこのダンジョンから生み出されたものではないと判断した。


「あの……もしかして依頼を受けて来た召喚士の人ですか?」

「ん? あぁ……私は機関に所属している人間だ」


 機関ってことは、もしかして外国の人だったりするのかな?


「日本人ですか?」

「あぁ……私は半分日本人だ」

「ハーフ、ですか……それにしては綺麗な黒髪ですけど」

「ハーフが黒髪でなにが悪い」


 いや、そうなんだけども……ハーフの人間って言うとどうしても金髪とか銀髪とか思い浮かべるから……オタクの思考かもしれないけど。


「まぁ、私のは茶髪を染めているから合っているんだがな」

「合ってるんですか!?」


 なんなんだこの人は。

 それはそれとして、なんでこの人はずっともふもふとした毛に覆われた動物の上に座っているんだ。割とそれが気になっているんだけども。


「貴方の召喚獣ですよね?」

「そうよ。かわいいでしょ?」


 確かに、水色のもふもふとした毛に覆われているのはかわいいが……明らかに身体の形と顔つきからして虎なんだよな。もし、その大きさに恥じない虎としての強さを持っているのだとしたら……人間が素手で戦っていい生物ではないだろう。


「見たところ……貴方も機関の召喚士よね? 悪魔の巣の調査に来ているってことでいいのかしら?」

「あぁ……俺は今岡俊介。今は……デビルドラゴンを探してる」

「デビルドラゴンはもっと奥ね……私はイレイナ。ハーフだから日本人名は持ってるけど、機関には英語圏の人が多いからイレイナって名乗ってるの。よろしく、今岡俊介くん」


 やっぱり、コードネームみたいなのって持ってるとかっこいいよな……でも、自分からコードネーム名乗ったらすごい恥ずかしい奴にしかならないし、流石にな。


「で、その2人は? お仲間さん?」

「え? あー……2人は、俺の召喚獣だ」

「そうなの? 綺麗な女性を2人召喚して侍らせるなんて、少年の癖にやるわね……お姉さん少しだけ感心しちゃった」

「言い方が悪くないですか? 別に俺は侍らせてる訳じゃないんですけど」

「そうだな。私は単なる主様の女と言う訳ではなく、騎士として守護しているのだから勘違いしてもらっては困る」

「妾は主様の女でいいぞ?」

「……個性的な召喚獣ね」

「はは……うるさいって言って良いですよ」


 実際、2人はこうして喋り始めると結構姦しくなるのは事実なので。


「さて……こんなところで自己紹介している時間はないわね。決壊まで時間の問題かもしれないって話も聞いたし、油を売っている訳にもいかないわね」

「そうですね……急ぎましょう」


 機関の人間と自己紹介してお互いのことを知るのは大切なことだと思わないでもないけど、今はこの悪魔の巣の異常を突き止めることが先だ。もし……俺たちがダンジョン内にいる状態で決壊してしまったらどうなるだろうか。ダンジョン内にはゆっくりとモンスターが溜まって、それがいきなり外に出て来るのではなく……目に見えない許容限界が存在して、それを超えた瞬間にダンジョン内に大量のモンスターが出現するのだと聞いたことがある。つまり、数分後にいきなり視界の全てがモンスターに覆われるようなことになる可能性が無い訳ではないのだ。

 ただモンスターを倒せば解決するような問題ではないのが厄介な所だ。恐らくは、デビルドラゴンを討伐してから更に奥に潜る必要が出てくるだろう。そこに何があるのかはわからないが……少なくとも奥地に悪魔の巣がおかしくなった原因は存在しているはずだ。


 イレイナさんと共にダンジョン内部を駆ける。ダンジョンのそこかしこに戦った痕跡が残っているので、やはりまだこの内部に他の人間はいるようだ。事前に何人の人間が中に入っているのか聞いておけばよかったとちょっと後悔していると、前方から傷を負った男性が逃げるようにしてこちらに向かって来た。


「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……傷は少し放っておけば治る」

「いや、どんな身体してるんですか」

「問題は、奥から俺のことを追いかけて来る奴だ……間違いない、あれがデビルドラゴンだ!」

「こんな浅い階層に?」


 デビルドラゴンなんてもっと奥まで行かないと出会えない筈……なんて思っていたら、暗闇の中からゆっくりとこちらに向かって歩いていくデビルドラゴンの姿があった。既に何体かの悪魔を取り込んだのか、全身にぎょろぎょろと動く目がついているが……そこまで異形の姿をしている訳でもない。

 血の匂いを追ってきたのか、怪我をしている男性を見つけると金切り声のような咆哮を放ってからこちらに向かって突進してきたが、それに合わせてイレイナさんの召喚獣である虎も同時に突進していき、取っ組み合いを始めた。

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