第39話 敵の正体

 シーサーペントモドキは、水の中を高速で移動しながらこちらに向かって時折高圧水流を吐き出してくる。高圧で噴射された水を身体で正面から受け止めたら、俺の骨は簡単にへし折られることになるだろう。不純物が混じっていないなら切断されるようなことはないだろうけども……それでも受ければ致命傷になる。受ければ、の話だけども。


「……面倒だな」

「妾としては時間勝負も嫌いではないが……ここまでちまちまと攻撃されると腹が立ってくるぞ」


 移動しまくって四方八方から水流を放ってくるが、全てがイザベラの結界で防御されている。水流でひびができるようなこともなく、ただひたすらに攻撃されているだけのものなんだが……どうも相手は諦めるつもりが無いらしい。


「水の中を移動して攻撃できる召喚獣が俺にもいたら楽だったんだけどな。流石に今から召喚するのは無理があるし……どうにかならないかな」

「カウンターを狙ってなんとかするのが簡単だろうな……最初に攻撃を防がれてから一度もこちらに向かってこないことから考えるに、恐らくは敵も理解しているのであろう」

「マジで面倒くせぇ……さっさと片づけてしまいたいんだが」


 シーサーペントモドキがやっているのは時間稼ぎなんかではない。こちらを明確に殺そうと攻撃してきているのがわかっているので、俺としてはこのまま行方不明者の捜索もせずにこいつと戦い続けるのでもいいんだが……こちらとしてはシーサーペントモドキを召喚して俺を殺そうとしている奴を特定したいのもあるので、絶対に手を出さなくてもいいって訳ではない。


「……いや、このまま突っ込むか」

「突っ込む? どこに?」

「ダンジョンの更に深くだよ。このシーサーペントモドキは召喚士が召喚している存在ってことは、俺たちが奥に逃げれば召喚士もそれを追いかけなければならない。そうしないと指示を出して攻撃することができないからな。けど……奥に行けば行くほどに、ダンジョン内のモンスターは強く、数も増えていく。途中で相手は俺たちのことを攻撃する余裕もなくなるはずだ」


 そうすれば、必然的にシーサーペントモドキは召喚士の元へと戻っていく。そこを辿って……敵を叩く。

 方針が決まったら後は実行するだけだ。イザベラに結界を維持してもらいながら走り出す。敵は俺たちが奥に逃げるなんて思ってもいなかったはずだ……なにせ、俺のことを妨害するってことは、つまり俺の依頼失敗を狙っているってこと。あわよくば殺せればよくて、それができなくても俺に依頼失敗をさせることで召喚士としての俺の信頼を落とす。俺たちの敵の狙いはそこってことは……敵がなによりもして欲しかったのは地底湖から逃げ出して、地上に戻ることだったのだろう。その証拠、と言うほどでもないがシーサーペントモドキは速度を上げて俺たちを追撃してくる。


「本当に、上手くいくと思うか?」

「主様が考えたことに従うのが召喚獣たる妾の仕事……疑うことつもりなんて最初からない」

「無条件の信頼ほど信用できないものもないが……契約している身からすると確かにちょっと信頼できるかもしれないな」

「無条件に信頼してくれていいんだけどなぁ? 妾の全ては主様のものなのだから」

「はいはい」


 ま、取り敢えず……今はこの状況を脱することが重要だ。

 俺たちの背後から水の中を高速で移動して追いかけてきたシーサーペントモドキが、口から水を吐き出してくる。


「……2体に増えてるんだけども」

「いつの間にか追加で召喚したのか?」

「えぇ……どうなってんだよ。そこまでして俺たちの奥に行かせたくないのか?」


 ご丁寧に俺たちの背後から前方に回り込んで水ブレスを撃ってきているから、よほど方向転換して背後に逃げて欲しいらしい。まぁ、それがわかっているから敢えて前に逃げているんだけども。


「おい、鮫みたいなのが前から飛んできたぞ!」

「主様、あれは召喚獣ではなさそうだが……どうするのだ?」

「放置して、シーサーペントモドキとぶつけられないかな」

「無理であろうな。なにせ、妾たちの方が移動速度が遅い」


 くそったれ。


「ハナっ!」

「……状況は上手く呑み込めていないが、取り敢えずあの鮫を三枚に降ろせばいいんだな!」


 前方から飛び込んできた鮫のモンスターだが、俺が召喚したハナによって本当に三枚の降ろされた。鮫を片づけた瞬間に俺はハナの召喚を解除して、そのまま走り続けていた。

 なんか、召喚を解除する寸前にハナから抗議の声が聞こえた気もしたが、無視してそのままイザベラと走り続けていると……小さな魚の群れが俺たちの前方を塞いだ。即座にイザベラが雷の魔法を放って魚の群れを何匹か焼き殺したが……全く数が減ったように見えない。


「召喚獣……じゃないよな?」

「うむ……恐らく違うと思うが、どうにもダンジョンそのものが人間を奥地に入れたくないと言う風に見えるな……勿論、ただの勘違いかもしれないが」

「いや……そもそもどのダンジョンもそうなんじゃないか? だからきっと……奥に行けば行くほどにモンスターが強くなって、モンスターの数も多くなる」


 そう考えると、辻褄が合う……ような気がする。


「ま、俺は別にダンジョンの研究者でもないからどうでもいいんだけど……今はとにかくシーサーペントモドキの討伐と、行方不明者の捜索をすればいい!」

「……思ったのだが、普通にハナを召喚して叩かせればいいのではないか? 妾は結界を維持しながらあの速度で動くシーサーペントを殺す魔法なんて使えないが、ハナの身体能力と速度なら可能なはずだ」

「……確かに!」


 ハナを再び召喚すると、なんとなく不機嫌そうな顔をしながらも水を吐いてきたシーサーペントに向かって突進していき……その頭を落とした。

 仲間がやられたことに動揺したのか、それとも召喚していた主がシーサーペントがやられたことでダメージを受けた反動か、もう1体のシーサーペントモドキの動きが鈍くなった。その隙を見逃すほど、ハナもイザベラも弱い召喚獣ではなかった。

 ハナの斬撃が細長い身体を切り裂き、倒れていく頭をイザベラの雷魔法が貫いた。


「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「見つけた」


 どうやってこちらを観察しながら攻撃していたのかと思ったんだが、どうやら水の中に隠れていたらしい。しかし、2体のシーサーペントがやられたことで水の中に隠れていた召喚士は浮上し、血を吐きながら石の足場にしがみついていた。


「さて」

「ひっ!?」


 なんとか浮き上がって荒い呼吸をしている男の上に俺が立つと、その男は明らかに怯えたような瞳で俺のことを見つめていた。

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