第37話 学生らしい悩み

 免許が届いた。

 しっかりと俺の証明写真が貼り付けられている召喚士の免許だ。これを提示すれば俺はダンジョンに入ることができ、更に国から依頼を受けてモンスターを討伐することで報酬を受け取ったりもすることができる。事前に母さんに相談して銀行口座も作っておいたので、報酬も問題なく受け取ることができるはずだ。


「で、その免許を取った今岡君が僕に何の用ですか?」

「いや……報告書ってどうやって書けばいいのか全くわからなくて」

「マジでなんで僕に聞いたの?」

「いや、なんでも詳しそうだよなと思ってさ」

「……まぁ、書き方は知ってるけどさぁ!」


 召喚士になれば金も稼げるし、ダンジョンにも自由に出入りすることができるんだけども……その代わりに、どんなモンスターとどうやって戦ったかみたいな報告書を出さなければならない時がある。学校のレポートすらも書くのが苦手な俺からすると、国に対してそんな書類を提出するなんてできる気がしなさ過ぎて……あんまり乗り気ではない。なにより、俺は国の上の方にいる何者かに嫌われているからな……はっきり言って、他の召喚士よりも不利な立場にいると思った方がいい。


「あの、先に言っておくけど……国に提出する報告書なんて本当に適当でいいんだからね? 学校に提出するレポートの書き方学んだ方がいいよ……君、いつも評価低いだろ」

「レポートは苦手なのっ! 俺の学校成績のことはいいだろ別に!」

「よくないから言ってるんだけどね。召喚士になって授業が免除されたら、テストは受けなくていいけどその代わりにレポートを書かなきゃいけないの知らない訳じゃないよね?」


 うぐぐ……マジで世の中ってのは上手くいかないようにできてるもので、俺が大嫌いなレポート提出は、召喚士になったら避けられないものだったのだ。それを知りながら学生でありながら召喚士になることを決めたのだから……俺の自業自得と言えば自業自得なのだ。


「適当でいいって言われても、何を書けばいいのか……」

「ダンジョンに入ってからもっとも危険だなと思ったモンスターとかに対する所感を書いて、倒した方法を明記すればそれでいいんだよ? そんな難しく考えて書くようなことはなにもないはずだから……本当に学校のレポートの方が頑張らないと駄目なんだから」

「あー、いいっ! それ以上、学校のレポートの話は聞きたくない! もう終わりにしよう! ありがとう! 色々と学べたよ!」

「まだ5分も喋ってないのに!?」


 これ以上、遊作の言葉を聞いていたら頭が痛くなりそうだったので俺は逃げ出した。



 さて……正式にダンジョンに入ることができる免許を手に入れたのだが、依頼も受けずにダンジョンに入るメリットは結構薄い。そこら辺を改善すればもうちょっとモンスターの問題が片付くのでは、と思うのだが……ダンジョン内のモンスターを倒してもメリットなんて特にないのだ。これが人類にとって滅茶苦茶害悪な部分なんだよなぁ……せめて身体の一部が残ったりして生活の役に立ったりすればいいのに、全くそんなものも残さずに、モンスターは塵となって肉体が消失するのだ。だから人々は積極的にモンスターを狩りにいかない。だからモンスターがダンジョンから溢れそうになる。だから……それを定期的に間引く人間が必要になる。

 人間ってのは平和を享受しているとどんどんと鈍くなっていく生き物で、今となっては魔術師も召喚士も、ただ魔法が使える人みたいな存在になっている。しかし……魔術師と召喚士がしっかりと働かなければ、地上はモンスターによって地獄と化すことは間違いない。


「先生、今……在学中で免許を持っている人ってどれくらいいるんですか?」

「ん? 3年生は結構持ってる人が多い印象だね……それでも、在学中の半分いかないんじゃないかな」

「そんなもんなんですね」

「まぁね……それに、卒業してから免許を持っているだけで、活動しない人だっているらしいから……実際に免許を取ってから、まともに活動している人なんて今の更に半分ぐらいなんじゃないかな」


 三浦先生の元を訪れて色々と話を聞いてみると、どうも魔術師であろうとも結構な人が諦めていく世の中であることを知った。


「ふーん……で、いつまでかかりますか?」

「も、もうちょっと待ってくれないかな?」

「いいですけど……それならなんか面白い話のネタとかないんですか? このまま待っているだけでも退屈なんですけど」


 三浦先生は魔法生物を研究対象とした専門家で、俺は彼に血液検査をしてもらっている。理由は詳しく聞いてないけど、なんても召喚士や魔術師なんかの優秀な才能を持った人間を、遺伝子で見分けられるかもしれない、みたいな話らしい。つまり、生まれてきた瞬間にその人間が優れた魔法使いになれるかどうかを……最終的には、人工的に魔法の天才を生み出せるかもしれないって話に繋がってくるらしい。

 人間の遺伝子を弄るなんて、聞いていて気持ちのいいものではないが……まぁ、人間ならやるかもしれないな。極限状態の人間がなにをするかわからないなんて、いつものことだしな。


「面白い話のネタかぁ……僕はこの研究室からあまり出ないから、そんな面白そうなネタはあんまり持ってないんだよね」

「そうなんですか? 変な人ですね」

「へ、変な人……そ、そうかもしれないけど、もうちょっとオブラートに包んで欲しかった」

「オブラートに包んで変な人では?」

「ぐはっ!?」


 オブラートに包まなかったらもっと直接的に馬鹿にするような言葉が飛び出している……それくらいに三浦先生はあほだと思う。


「で、三浦先生っていつもこんな感じで血液検査とかしてるんですか?」

「うん……召喚士が召喚する魔法生物と契約者本人の関りを調べてるんだ。どうして召喚士の実力によって召喚されたモンスターの力も上下するのか……とかね」

「へぇ……大変ですね」

「大変か……確かに大変かもしれないけど、私がやりたくてやってることだから」


 三浦先生にとって、この研究はきっと生き甲斐なんだろうな。俺が召喚士として真面目に生きようと思ったように、この人も研究者として生きようと覚悟を決めた日があったのだろうか。もしかしたら……生まれた時から? 運命ってのはあんまり信じていないけど……ちょっと気になることではあるかな。

 俺は自分の腕にある絆創膏を見て……ちょっと変なことを考えていた。

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