第36話 なにをしているのかわからない

 甘いと、また言われてしまうかもしれないが……俺は特に何も咎めるつもりはなかった。確かに16歳の学生を相手に恥ずかしくないのかよって思ったのは事実なんだけども、なんというか……俺からすると憐れすぎて何も言えないのだ。

 春山さんは俺に対して嫉妬の感情を抱いていたから魔が差しただけで、春山さんに対して圧力をかけた人間は多分……俺という存在そのものが邪魔だと考えたのだ。邪魔だと感じた原因は、恐らく俺が学園でどんなことをしているのか知ってしまったから。俺のような人間が他人に縛られて生きる訳がないと分析したのかは知らないけど、とにかく制御できないと思ったから排除しようとした訳だな。その判断は正しいと言えるだろう……なにせ、俺はそんな連中と迎合することなんてないのだから。


「それはそれとして、免許は欲しいのでなんとかなりませんかね?」

「なる、と言うか私がなんとかする」


 帰り道、モンスターが出ないような浅い場所まで帰ってきた俺の言葉に春山さんが力強く答えてくれた。どんな心境の変化が彼女の中であったのかわからないけど、俺としては免許が手に入るならそれでいいかなって思ったので余計なことは言わないことにした。





「聞いたよ。上から圧力をかけられたんだって?」

「……情報が早いですね」


 翌日、特に何も気にせずに教室へと赴いたら、稲村先生に手招きされてそのまま話が始まった。


「春山から連絡が来たからね。なんか年下の君に慰められたって言ってたけど……変なことしてないよね?」

「な、慰めたつもりもなかったんですけど……ダンジョンの中では説教って言ってたのに」


 なんで後から慰めた言葉に変わっていたのかしらないけど、とにかくどうやら稲村先生の先輩さんだったらしい。稲村先生の喋り方からして、恐らくは仲のいい先輩後輩だったのだろうけど……先に進んでいく彼女の追い抜かれてしまったってところかな。稲村先生曰く、僕もそっち側の人間らしいからちょっと気を付けないと駄目かな。


「免許は取れるんでしょうか。正直、あんな上から圧力がかかってくるような状況で取れる気がしないんですけど」

「大丈夫だと思うよ? どれだけ嫌われてたって、人手不足なことには変わりがないし……なにより、これで君みたいな才能の塊を他国に取られましたなんて言ったら、一瞬で首が飛ぶもの」


 それは考えてなかったけど……確かに日本国内で冷遇されたのならば海外に行けばいいのか。あんまり行く予定なんてないけど、これ以上は無理って思ったら海外に逃げられるように準備しておくかな。


「まぁ、これで君が正式な後輩になった訳だけど……これからはどうするの?」

「ひたすら受けられる仕事は受ける方針でやっていきます」

「……それはやめた方がいいよ? 多分、過労死する」

「そんなにっ!?」

「うん……あれだけ魔術師がもてはやされてるのに人手不足なんて言われてるんだから、どれだけ人の手が足りてないかよくわかるでしょ? 国は「ちょっと足りないですぅ」みたいなこと言ってるけど、魔術師と召喚士の人口が倍になっても多分微妙に足りないと思うよ」


 いや、人手不足とかそういう次元じゃないよそれは。もう仕事の内容からして破綻してると思うんだけど……人類の生存権を維持するには必須の仕事なので、どれだけきつい環境になっても仕事はなくならないんだよね。誰かに首にされる訳じゃないし、仕事中の事故死が多いから終身雇用、なんちゃって……笑えないわ。


「自分の力に見合った仕事だけすればいいよ。とは言っても……免許取りたての君がいきなり受けられる仕事なんてたかが知れてるかぁ……勿体ないなぁ」

「俺に何させる気だったんですか」

「私が前にやってた仕事……世界中で美味しいもの食べられていいよ?」


 世界中って単語の時点でおかしいことに気が付いてください。


「えっへん。これでも私は世界の六大陸と七つの海を制覇したからね」

「……え?」


 世界の六大陸って言うと、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸、オーストラリア大陸、を指している。

 そして七つの海って言うと、北太平洋、南太平洋、北大西洋、南大西洋、インド洋、のことを指している。


「南極、行ったことがあるんですか?」

「あるよ?」


 世界を飛び回っているで、本当に滅茶苦茶な飛び回り方している人を初めて見た。


「ちなみに、南極なんて金払えばツアーぐらい組まれてるからそこまで遠い場所でもないよ」

「そうなんですか? 南極ってもう特別な許可がないと入れないような場所かと思ってました」

「南極は誰の領土でもないって決まってるから、逆に入りやすいよ」


 あ、そっか……そういえばそんな条約が確かにあったな。

 いや、それよりもだよ。南極に行かなきゃいけないような仕事がこの世にあるってことの方が驚きだよ。どんな用事でいったのか気になるような、聞いてしまったら駄目なような気がしてならない。


「君が召喚士の地位向上を目指してるなら、私と同じ仕事はしない方がいいのかもしれないけどね……だって、私にはできないことだったから」

「……ちょっと思ってるんですけどね」

「ん?」


 俺、召喚士の地位向上の為になにをするべきなのかってのはそこそこ考えてたのよ。それで……そもそもなんで魔術師が人気なのかを調べたんだ。


「魔術師が世間で受けてる理由って……SNSで積極的に発信してるからだと思ったんですよね」

「召喚士はやってないってこと?」

「やってないとは言わないんですけど……その、なんて言いますか……陰キャ出身が多いじゃないですか」

「…………そうかも」


 偏見かもしれないと言われればそうなんだけども、魔術師になれる人間がすごい人間なんだ、みたいな価値観が出来上がっていて……召喚士を目指す人間そのものがもう陰キャ扱いって言えばいいのかな。


「とにかく、俺はここら辺の問題が幾つか重なっているのが原因なんじゃないかと」

「つまり?」

「召喚士は馬鹿にされるって言うよりも、んじゃないかなって、ことです」

「……そう、なのかな?」


 ちょっと調べればすぐにわかることじゃんとは思うんだけども世の中、思ったよりそういうことをちゃんと調べたりしない人が多いからね。


「だから俺、召喚士としてそれなりに力が身についてきたらSNSで大々的にアピールしていこうと思ってるんです」

「うーん……高校教師としては止めたい気持ちもあるけど、召喚士として推進したい気持ちがある」

「どっちですか」

「推進します」


 稲村先生……教師より召喚士選んでよかったんですか? いや、俺はいいんだけどさ。

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