第35話 生き方

 ふむ……免許を取らせるための試験にしては難易度が高いな。

 近寄ってくる影のような形をした悪魔が、ハナの一撃で消し飛ぶのを見て俺はこの試験の難易度について疑い始めていた。勿論、命をかける職業なんだから試験なんて難しければ難しいほどいいだろうけど、それにしたって事前に稲村先生から聞いていたよりも遥かに難しく設定されているような気がした。

 ちらっと春山さんの方へと視線を向けるけど、彼女はこのダンジョンに入ってからずっと挙動不審な感じで最初に感じた覇気も消え去ってしまった。


「どうかしましたか?」

「え? あ、いや……その、想定以上に、モンスターが出現しているな、と……試験には向いていないダンジョンかもしれないと、ほ、報告しておかないとな!」


 あー……うん、なんとなく察してしまったよ。

 多分、1年生にして天才と呼ばれて試験を受けに来た俺に対して何処かから圧力をかかっているのだろう。それが春山さんの個人的な考えによるものなのか、それとももっと上の人間が聞きつけてやっているのかは知らないけど、とにかくまともな試験ではなさそうだな。


「そうですね。まさかここまでモンスターが頻出するダンジョンが試験に選ばれるなんて思っていませんでした。それに……先ほどから出現するモンスターの強さも免許を持っていない召喚士に倒させるなんて、おかしいと思っていたんですよね」


 まさに今、俺の背後から頭が2つあった犬が襲い掛かってきたのだが、速攻で真っ二つにされている。

 春山さんの頬がひくひくと痙攣しているのが見えたので、多分この人は俺に対してなにかしらの害意を抱いている訳ではないだろう。さっきからハナの異常な戦闘能力に驚いているだけだ。



 しばらくダンジョン内の階段を降りたりしながらぐるぐる歩き回っていると、足音を立てて巨大な赤肌の悪魔が現れた。明らかに他の悪魔とは違う感じの雰囲気だが……これが上位悪魔アークデーモンとやらでいいのだろうか。

 春山さんに聞こうかと思ったのだが、それよりも速く悪魔が俺に向かって突進してきて、ハナが八つ裂きにしてしまった。ボトボトと悪魔だった肉塊が幾つか地面に転がると、春山さんは「ひっ」という小さな悲鳴を口から漏らしていた。


「今のが上位悪魔アークデーモンだったんですか? なら今のを9体かぁ……時間がかかりそうですね」

「い、いや……10体というのは手違いだったかもしれない! 今回は試験官として1体で済ませることにしよう! このダンジョンは初心者が入るべき場所ではないからな!」


 おー……なんか滅茶苦茶焦ってるな。流石にあれだけの強さの悪魔を10体ってのは明らかにおかしいもんな……新人をいじめたいのか知らないけど、なんでこんなことをするんだろうか。


上位悪魔アークデーモンなんかじゃない……い、今のは高位悪魔グレーターデーモン……そ、それを瞬殺なんて……ありえない」

「なにか言いましたか?」

「な、なんでもないっ!? さ、さっさと帰ろう!」


 ちょっとかわいそうになってきたな。


『……上位悪魔アークデーモンではなく高位悪魔グレーターデーモンだったと言っていたぞ』

『それ本当? だとしたら俺たちって滅茶苦茶嫌がらせ受けてる?』

『ん……まぁ、あの女は単純に主様が不気味で恐れているって感じだな。低年齢にして勲章を持っているような存在から推薦を受けるような形で受験しているのだから仕方ないと言えば仕方がない』

『けど、明らかに誰かの悪意が見え隠れしてるじゃん』

『それはわからない。私だって完全に人の心の内側が覗けるわけじゃないからな』


 ハナは妖精だからなのか、時々人間の感情を読み取ったかのようなことを言うことがある。多分、なにかしらの力で相手の感情が伝わってくるみたいな感じなんだろうが……コミュニケーションを取るときに滅茶苦茶便利そうだよあなぁ、と思ってしまう。


「あっ、危ないですよ」

「っ!?」


 なんとなくふらふらとした足取りで歩く春山さんの前方から高速で飛んできた鳥みたいなやつが見えた瞬間に、ハナが既に切っていた。

 春山さんの目の前にぼとっと落ちた鳥の死体は、綺麗に頭から尻まで真っ二つにされていた。それを見て、春山さんは完全にへたり込んでしまった。


「もう、嫌だぁ……」

「えぇ? 急にどうしたんですか?」

「上から変なこと言われるし! お前は強すぎて私にはもう理解不能だし! 私だって真正面から戦って勝てるかわからないような高位悪魔グレーターデーモンを瞬殺してるし! もう訳が分からない!」


 おぉ……なんだかいやいや期の子供みたいな感じになってる。

 上から圧力かけられて、学生を死地に送り込むことになったと思ったらその学生が死地で自分以上の力を見せつけてくるんだからそりゃあ嫌にもなってくるよな。


「立てますか? さっさと帰りましょう」

「うぅ……どうせ気が付いてたんだろう!? 私が非道なことして君を殺しかけてたことにも、お前に少し嫉妬していたことも!?」

「いきなり怒らないでくださいよ。危ないですから」

「お前に力がなかったら……少しだけ痛い目を見せてから助けようと思ってた……なのに、お前が召喚した存在はこんな悪魔なんて相手にもならないとばかりに瞬殺していて……はは……まるで、稲村みたいだったよ」

「やっぱり」


 この人は圧力をかけられただけで俺に対して危害を加えようなんて思うタイプではないと確信に近い感覚があった。なのに彼女が俺のことをこのダンジョンに誘い込み、死にかけるであろうと思って放置していた。その理由は……稲村先生のことを本気で尊敬しているからだろう。


「私だって……あの子に、認められたかった」

「……難しいですよ、人に認められるのって」


 自分が自分を褒めてあげることは簡単だ。今日も朝に起きれて偉いとか、忘れ物をせずに授業に出れて偉いとか、そんな些細なことを自分で褒めることなんて簡単なんだ。ただ……他人に自分を認めてもらおうと思ったら、急に難しくなる。

 自分と向き合い続けるのが生きるということだと、俺は勝手に思っている。だから……基本的には誰かに褒められたいとか、そんな感情は排除した方がいい。承認欲求や自己顕示欲に操られていては……人間らしい生き方なんてできやしないのだから。勿論、だから他人と関わらない、なんてことはいい訳にしかならないんだけども。


「人に認められたかったら、とにかく自分を磨くしかないんです。だって他人の主観に自分の価値を委ねることになるんですから……俺はあまり好きじゃないですけど、それでも認められたいなら、ひたすらに自分を高めるしかないんですよ」

「……年下に、説教された」

「説教じゃないですからね!?」


 ただの持論だから!

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