第32話 生きる道

 召喚士としての生き方を示す、なんて言われて僕は連れてこられたのは第1屋内運動場だった。屋内運動場の中で最も広くて設備が整っているこの場所は、魔術師科の生徒たちが授業で使っているって聞いてたけど……どうして俺はこんな所に連れてこられたのだろうか。


「本気で相手するよ」

「え?」

召喚サモン


 全く状況を理解できていない俺を放置して、稲村先生は召喚魔法を使用した。魔方陣のの中から現れたのは、人型の「なにか」だった。


「私の切り札って言えばいいのかな……堕天使イービルエンジェルだよ」


 ずるりと魔法陣から現れた堕天使は、ゾンビのようなぐにゃぐにゃとした動きで起き上がり……その顔を俺の方へと向けて来た。その顔には……何もなかった。子供が塗り潰したように真っ黒で、ただ虚無だけが広がっている暗闇が顔にあるその堕天使は、俺のことを認識したのか黒い天使の翼を広げた。


「召喚士としての生き方って、なんですか?」

「それをこれから教えてあげる。召喚士としての生き方ってより……強さを手に入れた人間の生き方、かな?」


 堕天使が動き始めると同時に俺はハナを召喚する。雑に振るわれた拳を縦で受け止めてくれたハナは、俺の方に視線も向けずに堕天使を見てにやりと笑った。


「手応えのありそうな敵だ……感謝するぞ、主様」

「あ、あぁ……でも、俺も状況がよくわかってないんだけどな」

「そうか。だが、目の前の敵を倒せばいい……そうだろう?」


 確かに、その通りではある。

 ハナが妖精の羽を展開して高速で堕天使に向かって行ったが、堕天使はその攻撃を簡単に避けた。それどころか、翼を広げて空中でハナと殴り合いを始めた。


「力を持つ者は孤独よ。魔術師で最強と呼ばれている人だって、キラキラしたSNSなんかに顔を出したりしてないでしょ?」

「え? いや……そもそも魔術師最強って誰ですか」

「それぐらいの知名度なの。それが力を持つ者の行き先……あの人は、私なんかより遥かに忙しい人だから、テレビとかには出ないの」


 そ、そもそも誰なんだって思ったんだけど、それすらも最強の宿命だと言いたいらしい。けど、俺は別に世界最強の召喚士などではない……少なくとも今の俺には全く理解できない話だ。


「貴方の召喚士としての才能は、あまりにもずば抜けている。まるで神様が最初からそうであることを想定して生み出した存在みたいに見えるほどに……それこそ、私やこの学園の生徒たちがなにをしても違いがわからない程の強さに、きっと君は成長する」

「そんなこと、まだわからないじゃないですか」

「そう? だったら、なんで今の君は平然と立っているの?」


 なんでって……堕天使とハナの空中戦が拮抗しているからじゃ……拮抗している?


「君は、半年で私の最強と拮抗するほどの力を手に入れているの。私が召喚したゴーレムの腕を切断しかけていた時に思ったわ……今岡君は、もう私の手に負える生徒ではないのかもしれないって」

「まだ、半年じゃないですか」

「その半年で私の力を超えることができたのよ……君は」


 そんなの、俺が契約したハナとイザベラの力が強かっただけで……なんて言い訳はできない。だって、召喚した存在の力は、召喚士の才能によって強くも弱くもなると聞いているから。


召喚サモン、ブラックゴーレム」

「……イザベラ」


 稲村先生が新たなモンスターを召喚したのを見て、俺はイザベラを召喚する。


「スイッチ」

「うむ」

「はぁっ!」


 魔法耐性のあるゴーレムをイザベラが相手にするのは難しいので、ハナと交代するように命令を飛ばすと即座に場所を入れ替え、イザベラが堕天使の顔を思い切り蹴って吹き飛ばしていた。


「さて、この前のリベンジと行こう」


 ハナはブラックゴーレムを見て笑いながら剣を振るうと……その腕がスパッと切断された。


「うっ!? や、やっぱり……君の力は加速度的に強くなっている。もう、ブラックゴーレムじゃ攻撃を受け止められないほどに……」


 腕から血を流しながら、稲村先生は俺の力が増大している事実を伝える。ハナもまた、自らの力が上がっていることを自覚したのか、自分の手を見つめてから俺の方へと視線を向けて来た。


「なにが、言いたいんですか?」

「……君には、人類の為に戦う覚悟がある?」

「ありません。俺は、人々を助けるために戦うような気概のある人間じゃない! 俺は、どこまでも自己中心的なただの学生なんです!」


 なんで俺が、才能を持っていると言うだけでそんなことを期待されなければならないんだ。人を助けるとか、逆に人に疎まれるとか、なんでそんなことに……おかしいだろう。俺はただの高校生なのに、世界の命運を背負うとかできる訳がない。


「なら、召喚士にならなければいい。言ったはずだよ……君は別に召喚士にならなくてもいいの」

「え?」

「自分がどうしたいのか、自分で決めればいい。その力はそのために使えばいいよ」


 堕天使とイザベラが同時に地上に降りて来る。


「私ね……勲章を貰えるほどの召喚士だけど、召喚士として働くことに疲れて、教師になったんだ。だから……君も好きな未来を選べばいいよ」

「せん、せい?」

「だって君はこんなに強いんだから!」


 堕天使の魔力が解放され、とんでもない圧力がこちらに向けられる。虚無の顔部分に魔力が集中していき……明らかな大技が放たれようとしていた。


「主様、妾の力をハナに」

「……いや」


 イザベラの進言を無視して、俺は帝釈天のカードを手に取る。


「力を貸してくれ。俺、なんだかんだ言って先生に負けたくない」


 先生は俺に対して確かに道を示してくれているのだろう。自分と比肩する力があるのならば、召喚士として当然のように生きていけると。そして……力があるのだからこそ余計に自分の選択をすることができるのだと。だから、この戦いの勝敗なんて本当はどうでもいいはずなんだ。だけど俺は、単純な負けず嫌いらしい。

 帝釈天の力を手に……ハナへと譲渡する。召喚するだけで俺の魔力の殆どを持っていく帝釈天だが……その力を借りることはできる。


「お、おぉ……自分でも引くぐらいの魔力が溢れてくるぞ」

「はぁ……全く、妾がサポートか? 主様も意地が悪いことだ」


 イザベラがハナの背後に立った。


「妾が援護する……そのまま突っ切れっ!」

「わかっている!」


 堕天使の顔から黒くて細いレーザーが発射される。それと同時に、ハナが盾を構えながらレーザーへと向かって突進し……イザベラの魔法がその背後から放たれる。火、水、風、土、氷、雷、闇、光、あらゆる属性の魔法が雨のように降り注ぎ……堕天使のレーザーによって掻き消されていく。


「はぁっ!」


 ただ、雷を纏ったハナの突進はレーザーを周囲に弾きながら突っ込んでいき……そのまま堕天使の胸を貫いた。

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