第31話 過ぎたる力
俺が魔術師科の人間に絡まれてそれを撃退し、それに怒った魔術師科の人間が犯罪だと理解しながらも魔法を使って俺を攻撃しようとした所を、稲村先生が止めた。
誰かが完璧に事実な噂を流しているらしく、俺は学校を歩いているだけで奇異の目を向けられるようになってしまった。魔法生物科のクラスメイトからは、半々で真反対の反応をされている。
片方は俺に対して同情するような人間。多分だけど、彼ら彼女らもまた魔術師科の連中に絡まれたことがあるようなクラスメイトなのだろう。俺が撃退したと聞いて、労わってくれるような人が何人かいた。
そして……もう片方は俺のことを得体の知れない怪物だと遠ざける人間が。通常、魔法生物科の人間が魔術師科の人間と戦って勝つことなんてありえない。なにせ、召喚士は契約生物を召喚するまでの時間が存在して、その身一つで戦うことができる魔術師科の人間は必ずそこを狙ってくるからだ。そんなはずなのに……俺は魔術師科の人間と真正面から決闘して勝ってしまったのだ。俺に対して恐れを抱いていた人間は更なる恐怖心を持ってしまい、俺から離れてしまった。
「仕方ないよ。人間は未知の存在が怖くなっちゃうような生き物なんだから」
「人によるだろ」
遊作に慰められてしまったが……別に俺も理解できない訳ではない。俺のことを恐れている人間は、単純に理解不能な魔法を使って召喚士をしている俺のことが恐ろしいだけなんだ。別に、俺がボッチであることはみんなのせいだ、なんて言うつもりはないが……それでも他人から距離を取られるのは少し悲しい。
「どんな場所にもいるのね……頭の悪い奴って」
「おい、流石に酷いだろ」
「襲われた人間が庇ってどうするのよ。こんな恵まれた学校に、魔術師科として入学しておきながら気に入らない人間を痛めつける為に決闘を挑んで、挙句の果てに負けたから逆恨みで魔法を使って奇襲するって……まともな人間ならまず考えないことばかりやってるじゃない」
「それは……そうかもしれないけどさ」
でも、彼らだって別に好きで狂った訳じゃないと思うんだよ。
この国では魔術師が異常に人気を集めている。話題になるのならばどんな方法でもいいと考えている政府は格差問題なんて触れる気もしないで、魔術師とそれ以外を差別し続け……気づけばあんな風に差別意識を当たり前だと思っている人間を生み出している。言うなれば時代の被害者……自らの力に溺れてしまったからダメなのだと突き放すことは簡単だけど、俺はもっと彼らのことも理解してやるべきだと思う。
「甘すぎ。あの手の人間がまともに反省する訳ないでしょ……性善説を信じるなら勝手にすればいいけど、私は全部が自業自得だと思うわ」
「う、うーん……」
喧嘩を売られれば買うし、ムカついたなら煽り返したりもするが……普段からそんな冷たい考え方はできない。良くも悪くも、俺は人となりをしっかりと理解しないと馬鹿にすることもできない。勿論、絡まれたことは滅茶苦茶ムカついたし、それに関して許すなんて聖人みたいなことは考えていないが……罪を憎んで人を憎まずって感じでさ。
「そんな調子で、モンスターを目の前にしたときにしっかりと殺せるの?」
「え? モンスターは別でしょ。害獣を駆除するのと人間を赦すのは全く違うよ」
「……いい性格してるよね」
「本当にね」
えぇ? そこはしっかりと区別つけてるから問題ないって話なんだけどな……わからないかな。
俺の召喚した大百足が他の生徒が召喚した鳥型のモンスターに迫る。
「ひっ!?」
「……」
授業の中で互いに手加減をしながら手合わせするように言われたが……あんな風に怖がられるとこちらとしてはどうしようもない。召喚した生物がやられれば、召喚士に直接ダメージが返っていくのだから、自分が召喚した存在が今まさに殺されそうになっていたという事実には少しだけ同情するが、だとしてもモンスターとの戦いはそういうものだ。
俺の中にあるこの感情は……多分、失望とか呼ばれる感情なんだと思う。この学園には召喚士になる為に来ている筈なのに、半年も授業を受けて自分が傷つくような覚悟も持っていない同級生に対して、俺は確かに失望しているのだ。
「はぁ……ごめん、ちょっと夢中になってた」
「え? あ、う、うん……」
相手になっていた男子生徒の目には明らかに恐れが見て取れた。
「あいつ、授業で本気出しすぎじゃね?」
「俺、絶対にあいつと組みたくねぇ」
「怖いんだよね……今岡君は明らかに私たちとは格が違うから」
「てか、本気度が全然違うんだよな……吉田とか桜井さんとかでももう少し愛嬌があると思うんだけど」
自分勝手なことを考えているのはわかっているが……どうにもこの生温い空気には慣れる気がしない。あの噂が流れて以来、俺がヤバい人間だと思われていることはわかっているんだけど……どうにも疎外感を感じてしまって、イマイチ集中しきれずにいる。集中していなくても、圧倒できてしまう現状がよくないのかもしれない。
「あぁ、だめだ……これは他責思考だよな」
自分が集中できていないことをクラスメイトのせいにするなんて、なんて酷いことを考えているんだ。
「……ねぇ、今岡君」
「はい?」
勝手に憤って勝手に落ち込んでいた俺に声をかけてきたのは、稲村先生だった。
「もしよければなんだけど……これから私が直接見てあげようか?」
「それは……教師としていいんですか?」
「大丈夫! 突出した生徒には、ちゃんと目を配るように言われてるから」
それは……俺だけが突出しているって言いたいんですか。遊作は? 桜井さんは? 俺が突出した生徒ならあの2人だって充分に才能がある人間じゃないですか。なんで俺だけが特別な人間みたいな言い方をするんですか。
「……残念だけど、君と同格の召喚士はいないよ」
「え?」
「世界で有数の実力者って言われてる私が断言する。君は、3年もすれば私を軽くあしらえるぐらいの力を手にするよ」
真剣な目で、稲村先生が俺に語りかけてくる。しかし……その内容はあまりにも残酷なものだった。
「君がその力に孤独を感じてしまうのは仕方ないことだと思う。私だってこの学園でそんな思いをしてきたから……決して自分の才能を疎ましいなんて思わないで。それは君が生まれ持ってきた力なんだから、自分自身を疎ましいなんて思ったら……それこそ人間として終わりだよ」
稲村先生は、俺にこの力を有効活用しろって言ってるのか?
「君に、召喚士としての生き方を示してあげる。ついてきて」
なんか1人で納得して、稲村先生は俺を放置して歩いて行ってしまったが……今の俺には盲目にそれを追いかけることしかできなかった。
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