第30話 無敵の人

「おいおい……冗談だろ?」


 チンピラに絡まれて完膚なきまでに叩きのめしてから数日後、俺は何故かチンピラとその仲間たちに囲まれていた。性格悪いなと自分で思いながら、力の差を見せつけるような勝ち方をしたのに……まさか数日で再び絡んでくるなんておもってもいなかったので、困惑している。


「調子に乗るなよ」

「乗ってねぇよ。乗ってなくても、俺がお前を下したのは事実だろ?」


 いきなり拳が飛んできたので普通に避ける。どうやら向こうはなりふり構わずに俺のことを攻撃するつもりらしい。


「……名前、聞いてなかったから聞いてもいいか?」

「あぁ!?」

「だから名前だよ。偉大なる魔術師様の名前をお聞かせくださいって言ってるんだ」

「てめぇ……俺は山城浩介だ!」

「やましろ、こうすけね……しっかりと覚えておく。俺に2回もやられて無様にきぜつするやつの名前だからな」


 さて……ちょっと余裕ぶって煽っているがわりとピンチの状況であることは事実だ。なにせ、魔法が使えない状態で複数人に囲まれているのだから。

 模擬戦でもないのに魔法を使えば刑事事件になるし、バレれば一発で退学ものだ。つまり、俺は今から身体能力だけで囲んでいる5人を倒さなければならない。そして……自慢ではないが俺の体術は素人レベルだ。


「ちっ!?」


 明らかに体格も向こうの方が上なのだが、あっちは大きな騒ぎを起こす訳にはいかないって部分だけが俺に対してメリットになっている。誰がどう見たって今の状況は1人を複数人で囲んで叩こうとしている状態なんだから、誰かに見つかったら停学にさせられるのは明らかに向こうだ。つまり……俺が今からやることは決まっている。


「逃げるしかねぇよなっ!」

「なっ!? 逃げやがったぞ!?」


 本当はかっこよく相手を殴って黙らせることができるならそうしたいんだけども、実際に殴って勝ったら俺の方が停学させられるだろうし、勝てなくても喧嘩している時点で俺はかなり悪く言われてしまう。自分から挑発しておいて逃げの姿勢はちょっとダサいと思うが、それでも俺はこの学園でやりたいことがあるから、こいつらみたいなチンピラに絡まれて学費をどぶに捨てるつもりはない。


「偉そうなこと言っておいて逃げるだけかよ!」

「悪いな! 俺は停学になんてなりたくないんで、喧嘩はしないことにした! やりたいなら教師に「あいつにボコボコにされて悔しかったんで、5対1で殴る為に許可ください」って言ってこいよ!」

「殺すっ!」


 俺もあのチンピラ集団も、戦闘に関しては素人に毛が生えた程度の実力しかない。つまり……俺が逃げに徹すればそう簡単に捕まるものではないってことだ。それにここは学園内なので、しばらくすれば簡単に人に見つかる。そうなればあいつらも俺に対して危害を加えることはできないはずだ。


「絶対に逃がさねぇぞ!」

「……おいおい、しつこいやつらだな。退学になりたいのか?」


 そろそろ人がいる場所に近づいてくるんだが、5人ともしっかりと俺を追いかけてきている。このまま見つかれば簡単に停学になると思うんだが、どうもあいつらは正常な判断ができない状態になっている気がする。


「はっ!」

「っ!? 正気か!?」


 曲がり角までやってきてこのまま撒いてやろうと思っていた俺の右腕に、青白い魔力の鞭が絡みついてきた。攻撃、とまでは判断されないギリギリのラインではあるだろうが、明らかに加害の意思を持って魔法を使って来たことに俺は驚きが隠せなかった。


「うるせぇ……お前をぶち殺せればそれでいいんだよっ!」

「ちぃっ!? 本当に俺のことを魔法使ってころせば、お前だって簡単に死刑になるぞ!」


 魔法と使っての犯罪はそれほど国から危険視されているものだ。今の状況だって、相手を明確に加害する意図があって魔法を使ったと判断されれば、10年以上の懲役刑になるかもしれない危険な行為だ。

 俺の腕を縛り付ける魔力の鞭……これを断ち切れば逃げ切れるかもしれないが、それが本当に正当防衛になるのか俺には自信がない。迷っている間に山城たちが近寄ってきて……動きを止めた。


「へぇ……なんか騒がしいなと思ったら、これは何かな?」

「稲村、先生?」


 俺の背後にいつの間にか立っていた稲村先生に、俺は驚いてしまったのだが……目を合わせた瞬間に彼女の放つ冷たい殺気を感じ取り、背中に冷や汗が流れた。


「ねぇ、学内でこんなことして、誰かにバレないとでも思ったの? 魔法も使って、これからまさに殴って加害しようって瞬間にしか私に見えなかったんだけど」

「な、舐めてんじゃねぇぞっ! 召喚士が調子に乗って──」

「私、バレないと思ったって聞いただけなんだけど、なんで答えてくれないの?」


 ミシっという周囲の全てが軋むような音が聞こえた。それは稲村先生が全身から放っている圧倒的な魔力による圧力で、周囲の全てが圧迫されているのだ。そして……それは人間も例外ではない。

 チンピラたちも、そして俺も息が上がっている。まるで凶暴な肉食獣を前にしてしまったかのように、チンピラたちも震えあがっているし、稲村先生の背後に立っている俺ですら命がないかもしれないと思うような殺気と圧力を感じる。


「……今なら問題にならずに済ませられるわ。この魔法だってただの事故ってことにできる……だって実際にはまだ捕まえているだけで殴ってないんだから」


 手刀でスパッと魔力の鞭が切り落とされて、チンピラたちはついに恐怖に堪えきれなくなったのかその場に座り込んでしまった。なんで魔力の鞭が手刀で斬れるのか意味不明なんだけど、そんなことを気にする余裕がないくらい今の稲村先生は怖い。


「魔術師だからって偉いの? でも、貴方たちはまだ魔術師ではないよね? だったらどんな理由で今岡君にこんなことしているの? 自分より弱いと思っていた相手に噛みつかれたから? ねぇ……なにを目的にこんなことをしているの? それが聞けないと私……貴方たちを簡単に退学にしてしまうわ」


 教師として、稲村先生にはそれだけの権限がある。

 目の前で生徒が他の生徒に対して魔法を使用して暴行を企てていたなんてことを知ったら、満場一致で簡単に退学できるからだ。稲村先生がそれをしないで問題を消そうとしているのは、そんな彼らにも魔術師科に入学するだけの才能があるからだ。


「お、おれ……す、すいません、でした」


 反抗的な態度を取ろうとしていた山城だったが、稲村先生が放つ圧力に屈して膝を折った。まぁ……あんな力を直に叩きつけられたら、心も折れるってものだろう。もしかしたら……このまま自主退学していなくなってしまうかもしれないな。

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