第29話 才能があるだけ

 俺が屋内運動場を選択したのは、人の目があまり届かないからだ。屋外で派手にドンパチやっているとすぐに見つかってしまうが、屋内なら建物を破壊するような規模で攻撃しなければ問題はない。

 対面に立っているチンピラ野郎はニヤニヤとした表情で俺のことを見つめていた。


「今なら泣いて謝れば許してやるぜ? 俺たち魔術師科は普通に組手の授業とかしてるからな……人間を相手にするのも慣れてんだよ」

「そうか、よかったな」


 今からお前が相手にするのは、人間じゃないけどな。

 俺の反応を見て苛立ったのか、背負っていたものを地面に叩きつていた。チンピラが背負っていたのは……両刃の大剣だ。


「刃は潰してねぇから、間違えて殺しちまうかもしれない……なっ!」


 不意打ち気味に走って来たチンピラ野郎は俺に迫ってきて……両刃大剣を振り下ろしてきた。最小限の動きで鼻先を掠めながら地面に叩きつけられた大剣を眺めていると、チンピラはちょっと驚いた感じの表情で大剣を抱えて距離を取った。

 意外に冷静な判断ができているようで感心したな……いや、それは向こうも同じか。


「おらっ! 突っ立ってるだけじゃ終わらねぇぞ!」


 再び振り下ろされた大剣を、俺は片手で掴み取る。


「は?」


 ゴーレムの硬さとミノタウロスの筋力を俺は召喚獣が宿るカードから貰っていた。鉄を両断することもできない大剣では、今の俺は斬れない。

 俺に受け止められたことが信じられないのか、距離を取ってから何度も俺と大剣で視線を往復させていた。


「どうした? 人間を相手にしてるのは慣れてんだろ? やってみろよ」

「調子に乗るなって、言ったよなぁっ!」


 ガリガリと地面を削りながらその場で回転して、遠心力を乗せた刃から分厚い魔力の斬撃が飛んできた。魔法はゴーレムの硬さでは受けられないので、横に転がって斬撃を避けると、再び斬撃が飛んできた。

 近寄らずに遠距離から攻撃か……多分、あの男が思っている以上に俺に対して有効な戦術だと言えるだろう。なにせ、俺のまともな魔法が使えないのであの距離から攻撃され続けると流石にどうしようもない。


「は、はははっ! どうしたよ! 逃げてるだけじゃねぇか!」

「遠距離からチマチマ斬撃飛ばしてるだけの癖に偉そうに喋るな……不快だぞ」

「不快なら俺に攻撃して見ればいいだろ? やってみろよ!」


 魔法生物科に所属している人間はまともに魔法が使えないと思っているらしいが、当たっているからちょっと腹立たしい。このまま俺が契約生物たちから力を借りて逃げているだけでは攻撃され続けるだけ……ならば、これからは召喚士らしく戦おうじゃないか。


召喚サモン

「はぁっ!?」


 2枚のカードから2体の召喚獣を呼び出す。1体は巨大な百足で、遠くから斬撃を飛ばしていた男の方へと高速で突進していき攻撃する。そしてもう1体は水晶で作られた人間ぐらいの大きさをしたゴーレムで、俺の方へと飛んできた魔力の斬撃をクリスタルの魔法耐性で弾き飛ばす。

 人間の身長を遥かに超える巨体の百足は、突進を避けられながらも何度も往復して執拗に敵を狙う。


「っ! 召喚獣がやられると召喚士にダメージが入るんだろ? ならこいつを俺がぶった切ってやればそれでお前は終わりってことじゃねぇか!」


 俺に背中を向けて大百足を迎え撃とうとしていたので、クリスタルゴーレムに命令して水晶の欠片を飛ばさせる。


「あぐっ!?」


 クリスタルの欠片が腕に命中して傷を作り出す。貫通するほどの威力は与えていないので、血が少量出るぐらいの傷で済んでいるはずだが……背後からの攻撃に気を取られていたせいで、大百足に轢かれた方の傷は知らない。

 空中で回転しながら俺の前に転がってきたので、思い切り上から見下ろしてやると……男の中で何かが切れたらしい。目の色が変わり、掌を向けてきたのでクリスタルゴーレムを間に挟んで魔法を弾く。放たれたのは……レーザーだった。


「はぁ、はぁ……くそがっ! 絶対に殺す! 2対1なんて卑怯なことしやがって……もう絶対に許さねぇからな!」

「何回目だそれは。言葉だけじゃなくて、しっかりと行動でも俺を許さないことを証明しろよ」

「殺す!」

「聞き飽きた」


 何度も殺すと言われると、言葉の重みがどんどんと軽くなっていくのを感じる。小学生の「死ね」と同レベルにまで落ちた殺す宣言に対して、俺はもう飽きている。そして……この得るものがなにもない戦いにもいい加減に飽きてきた。

 大百足とクリスタルゴーレムの召喚を解除して、俺は1枚のカードを取り出す。


「終わらせてやる」

「殺すぅっ!」


 剣を放り出して俺に向かって拳を突き出してきたが、召喚されたハナが普通に受けとめていた。


「なんだこいつは、殺していいのか?」

「駄目。骨を折らない程度に気絶させてくれ」

「中々な無茶を言うな……まぁ、いいだろう」

「なにっ!?」


 拳を受け止められた男は距離を取って、俺が人間のような存在を召喚したことに驚いていたが……次の瞬間にはハナは妖精の羽を広げて男の背後に移動していた。

 ガツン、という鈍い音と共にハナの拳によって男は地面を転がっていたが、受け身を取って立ち上がろうとしていた。


「……もう1段強くいくぞ」

「こ、ころ」


 口を開こうとした瞬間にハナのエルボーが鳩尾に叩きこまれ……そのまま白目をむいて倒れ込んだ。


「これだけか?」

「あぁ……うん、なんかごめん」


 わざわざハナを召喚しなくても、力を借りて俺が直接叩けばよかったかな。一応、授業として対人戦をやっている魔術師科の人間に近づくのは危険だと判断しての対応だったんだけども……まぁ、召喚士らしい戦い方と言えばそうかもしれないからいいのかな。


「さて……さっさとこいつを回収して消えろ」

「な、なんなんだよお前……なんでそんな、強いんだよ……」

「はぁ? 強い理由なんて俺にもわからねぇよ……ただ、お前らみたいなただ才能があるからって理由だけで魔術師になってる連中には絶対に負けたくないってだけの話だ」


 ま、これに関しては俺も同じことを言われるのかもしれないけどな。召喚士の才能があったから召喚士をやっているだけで、最初は大して興味の無かったんだから。

 自分がそう思っているってことは、相手もそう思っている可能性が高いってことだ。なら、自分の内心と向き合って反省して、これからに活かしていこうと思う。まずは、真剣に召喚士になることを目指す所からだな。

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