第26話 2学期
2学期が始まって早々に、実技授業の内容が大きく変わった。
1学期の授業では召喚魔法を学び、そこから派生して召喚した存在としっかりとコミュニケーションを取ることを目的とした授業が多かったのだが……2学期最初の授業の内容を聞いて誰もが驚いていた。
「じゃあ、希望者の順番にね」
まず、担当教師がおじさんから稲村先生に変わった。
多くの生徒は既に稲村先生の過去の功績を知っているので、そのこと自体に緊張する人もいたようだが……稲村先生はニコニコとした笑顔で生徒たちの前に立つと同時に、召喚魔法で黒い鉱石で構成されたゴーレムのようなモンスターを召喚した。
順番に、と言っていたのは……生徒たちが召喚した魔法生物と連携して稲村先生のゴーレムに対して攻撃するという授業だ。
「あ、反撃はしないから安心してね」
「……俺から行きます!」
クラス内で真面目君と呼ばれている男子生徒が堂々と手を挙げて、稲村先生の正面に立った。勇気あるその行動に誰もが固唾を飲んで見守っていた。
「
召喚魔法によって出現したのは人間より少し大きい灰色の熊。鋭い牙と爪を持つ凶暴なモンスターに見えるが、真面目君はしっかりと制御できているようだ。それにしても、人間よりも大きな召喚獣を召喚して契約するのは難しいって習ったのに、あの灰色の熊は明らかに真面目君の身長よりも大きい。つまり、彼は才能があるということだ。
「遠慮せずにいつでもどうぞ」
「はい! いけ、グリズリー!」
あー……灰色の熊だからグリズリーね。グリズリーの和名はハイイロクマだから、そのままの名前をつけたってことなのかな?
四足歩行の状態で駆けだしたグリズリーの速度は車に匹敵するものだった。スペックも通常の熊以上のものを持っているようなので、人間がまともに受ければ即死は免れない。しかし、稲村先生はいつも通りニコニコとした笑顔を浮かべながら黒いゴーレムの後ろにいるだけだ。
咆哮をあげながらゴーレムの肉体に向かって繰り出されたグリズリーの攻撃は……微動だにしていないゴーレムの身体にそのまま当たった。ゴン、という鈍い音が響いた以外に特に変化はなく……ゴーレムはそのまま突っ立っていた。
「すごいね! うんうん、やっぱりみんなちゃんと召喚士としての実力がついてきてるよ!」
稲村先生は1人でニコニコとしていたけど、グリズリーの攻撃を特になにもせずに防がれた真面目君の笑顔は引き攣っていた。
それから生徒たちは自らの召喚獣を使って稲村先生のゴーレムに襲い掛かるのだが、どの攻撃も碌に通用することはなく……いつの間にか攻撃していないのは俺と遊作、それと桜井さんだけになっていた。
「……なんで僕たち、考えることが同じなんだろうね」
「一緒にしないで」
「一緒にするな」
「えぇ!? だって君たちも自分が先にやったら迷惑かなと思ってたんじゃないの?」
俺は並ぶのが面倒だからここに座っていただけで、そんな高尚な考えは持っていない。桜井さんも、全員の召喚獣をその目で見ていたかっただけで、遊作のように周囲に気を遣っていた訳じゃないだろう。と言うか、自分が受ける授業でもあるのに周囲の人間のことなんてわざわざ考える意味無いだろ……お前も真面目君って呼ぶぞ。
「あとは3人だけだね……予想通りの3人だけど」
「あれ? もしかして僕って2人とまとめて問題児扱いされてる?」
「問題児じゃない」
いや、流石に問題児ではないと思うけど……まぁ、先生の方からしても特別扱いしなきゃいけない相手ではあると思うよ、遊作は。
「またあの3人か」
「桜井さんと吉田はとんでもない才能があるから仕方ないだろ」
「……今岡は?」
「あいつはその……変なやつだろ」
おい、聞こえてるぞ。
「じゃあ私から行くわね」
俺と遊作が動かないのを見て、桜井さんはクリスタルドラゴンを召喚する。
全長は7メートルぐらいありそうな……なんか前に見た時よりもでかくなってね?
「なぁ、召喚獣が成長することってあるのか?」
「詳しくは解明されてないけど、事例としては結構多いみたいだよ。それにしてもクリスタルドラゴンはあれからまだ大きくなるんだね」
「暢気に大きくなるんだねとか言えるサイズか?」
そんな俺の感想なんて関係ないと言わんばかりに、クリスタルドラゴンは低空飛行で漆黒のゴーレムへと突っ込んでいき……真正面から受け止められた所で口から魔力のブレスを放った。
明らかに対人で使ってはいけないレベルの威力を放った桜井さんに、クラスメイトたちも唖然としているのだが……煙の中から全く微動だにしていないゴーレムの姿があって俺と遊作は息を呑んだ。
「マジか……魔力耐性?」
「あり得るね。あれだけの出力の魔力をぶつけられたら、流石にどんな生物にだって傷はつくはず」
クリスタルドラゴンと似たような魔力耐性を持っていると考えた方が良さそうだな。
「やっぱり桜井さんはすごい! 100点だよ!」
「……嬉しくない」
「交代だね、僕がやるよ」
「俺が最後かよ!」
流石に最後は嫌だったから今からやろうとしたら、しれっと遊作に順番を取られた。俺の抗議を無視して、遊作はキマイラを召喚する。召喚されたキマイラはちらりと遊作の方へと視線を向けてから姿を消し……音を置き去りにする速度でゴーレムに向かって蹴りを放った。
その蹴りを正面から受けたゴーレムは、ずずっと少しだけ背後に下がっただけで、特に傷はついていない。
「1年生で黒鋼のゴーレムを動かすなんて、本当にすごいね!」
「どうも」
遊作もやはりどこか不満気だ。
「さて、最後だよ今岡君」
「はい……」
稲村先生から名指しされてしまったので諦めて俺は前に出る。
召喚するのは勿論、ハナだ。魔法耐性があると仮定した場合、イザベラだとやはり荷が重いだろうと考えての人選だが、召喚されたハナは兜の上からでもわかるぐらいのドヤ顔だった。
「……なに?」
「いや、主様はやはり私のことを選ぶのだなと思っただけだ」
「そういうの今はいいから」
言葉によるコミュニケーションができるのも考え物だな。
「標的はあのゴーレムか?」
「あぁ……全力でやってくれ」
「全力で? わかった……久方ぶりに全力を出そう!」
全力、という言葉を聞いて楽しそうに笑ったハナは剣を両手で持って構え、妖精の羽を広げる。全身から溢れていた魔力がすーっと静まっていき……全てが剣に集約されていく。
「ふっ!」
「
ハナが地面を蹴った瞬間に稲村先生が防御魔法を展開して自らの身を守り、ゴーレムも腕を前方で組んで防御態勢になる。それとほぼ同時に、ハナがゴーレムに到達して……防御の為に突き出されたゴーレムの左腕を半ばまで切断して……剣が止まった。
「なっ!? 私が切断できない!? このっ!」
「ハナ、これ1回勝負だから」
再び攻撃しようとしたところをなんとか止めるためにハナの召喚を解除する。文句を言いながら消えていったハナに溜息を吐いてから、俺は稲村先生に顔を向けた。
「どうでしたか?」
「……120点だったかな」
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