第24話 発勁

 クリスタルドラゴンは魔法への耐性を持っているが、だからと言って別に物理的な攻撃が弱点になっていたりはしない。ゲームの敵キャラにいたらマジでイラっとするタイプのモンスターなんだが、現実では単純に膂力で上回ってしまえば問題ないので、今回のようにただひたすらに物理攻撃を重ねていくことが大切になってくる。

 音を置き去りにする、なんて生易しいものではない速度で行動するイザベラは、クリスタルドラゴンが口から吐き出した水晶の塊を避けて顎に蹴りを入れ、その流れのまま胴体を殴って吹き飛ばす。あれだけの巨体を拳一つで吹き飛ばすなんてとんでもない膂力だな、なんて他人事みたいに見つめていたらイザベラが俺の前まで戻っていた。


「どうした?」

「いや、これ以上やったら流石に大きな怪我に繋がるかと思って……」

「あぁ……確かに」


 これはあくまでも手合わせであって、真剣勝負をしている訳でもなければ別に命の奪い合いをしている訳でもない。だから、クリスタルドラゴンを粉々に破壊してしまって桜井さんに傷が残るのは避けておきたい。イザベラはそこら辺を考えて、手に持っている剣を振るわなかったらしい。


「まだ、いけるわよ」

「えぇ……どうする?」

「どうもこうも、まだいけるって言われたらやるしかないだろ」


 クリスタルドラゴンの様子を見つめながら、桜井さんはやる気のようだ。イザベラはまだ打撃を加えて吹き飛ばしているだけだから、こちらから目に見えるような傷は確かに無いのだが……これ以上やると怪我に繋がるのではないかと思うと、少し躊躇ってしま部分もある。


「なるべく手加減してやってくれないか?」

「善処はするが、そんな余裕がある相手ではないぞ? 咄嗟に妾が反撃したことで怪我ができても──」

「勿論、その時は俺が責任を取る。それに……桜井さんが望んだことだしな」


 イザベラは俺の言葉に頷いて、剣を地面に突き刺してから歩いて前に出た。

 桜井さんもクリスタルドラゴンに手を添えて何かをしているのが見えたが……あれは何をしていたのだろうか。クリスタルドラゴンは確かに強力な召喚獣だが、致命的な弱点があることを俺は知っている。それは、身体を構成する水晶が本人の意図など関係なく魔法を弾いてしまうため、召喚士が自らの召喚獣に対してかけるバフのような魔法も全て無効化してしまう点だ。つまり、クリスタルドラゴンは最初から強い状態で、そこから更に強くなることはできない。


「行くわよ。私たちの力、見せてやりなさい!」


 桜井さんの言葉に呼応してクリスタルドラゴンが叫ぶ。大気を揺るがすようなビリビリとした魔力の籠った咆哮を受けても、イザベラはそよ風を受けるかのように髪が揺れるだけで特に気にした様子もない。

 そのまま低空飛行で突っ込んできたクリスタルドラゴンの突進も、片手で受け止めているのを見ると……我ながらとんでもないものを召喚してしまったのだなと思ってしまった。


「ふぅ……流石にこれ以上は、手加減できなくなってくるぞ? 妾としては、こちらが手加減してやっている間に、身の程を知ってくれると嬉しいのだが」

「冗談じゃないわ。まだこれからよっ!」


 主人の魔力の高ぶりに反応するように、クリスタルドラゴンの全身から魔力が溢れ出し……それが全て結晶へと変貌していく。キラキラと空中を舞う光の粉にイザベラが触れた瞬間、その場所から結晶の塊が肌を突き破って生えた。


「なっ!?」


 イザベラの右腕に結晶が生え、同時に俺の右腕から血が吹きだす。

 俺の傷を見て、イザベラは超高速でその場から離れて自らの右腕に生えている結晶を砕き、怒りの籠った瞳をクリスタルドラゴンに向けていた。


「よくも……主様の身体に傷をつけてくれたな」

「いや、これぐらいなら別に手合わせの範疇だから俺は気にして──」

「絶対に許さんっ!」

「話を聞け」


 上半身を仰け反らせたクリスタルドラゴンは、イザベラの言葉を無視して口から魔力のビームを放った。ドラゴンが口から極大のビームを放つ姿は割と圧巻なんだが……イザベラはそのビームを魔力の盾を展開して簡単に防いでいる。

 キラキラとした結晶の粒子が空気中を漂っている中に、平然と突っ込んでいったイザベラは、驚異的な身体能力でその粒子を全て避けながらクリスタルドラゴンの懐に潜り込み……両手を添えた。


「はっ!」


 発勁という中国武術の技術がある。己の勁を発し、わずかな動作で絶大的な威力を相手に与える基本的な技術なのだが……この場合の勁は別に超能力的なものではなく、純粋な筋力などを差す。

 イザベラがやったのはその筋力などを効率よく伝える発勁だが、そこに自身が持つ魔力も同時に流し込んでいる。そうすることで……ただの拳が水晶を砕くほどの威力を見せる。


「ぐっ!?」


 クリスタルドラゴンは主を守る為に、咄嗟に自らの腹に魔力を集中させて威力を削いだようだが、それでも全身に罅が入るほどの威力だったので、契約者である桜井さんは膝をつき、クリスタルドラゴンは魔力の粒子となってそのまま消えた。


「主様、勝ちましたぁっ!? い、痛いです!」

「やり過ぎだ」


 最後の一撃はあまりにも過剰な威力だった。クリスタルドラゴンがこちらの想像以上の力を持っていたから桜井さんは恐らく骨を折ることも無く済んでいるはずだが……普通の契約獣、並みの召喚士が相手だったら死んでいてもおかしくないほどの威力だった。

 俺はイザベラがやったことに対して怒ってはいるが、まぁ……クリスタルドラゴンもイザベラも考えていたことは契約者のことだけだったからこうなったのだ。取り敢えず怒りはするけど、あまりイザベラだけを責めることもできないな。


「大丈夫? ちょっと治療受けた方がいいよな」

「俊介のその腕もね……平気そうな顔してるけど、腕の内側から抉れてるよ」

「遊作? なんでここに?」

「あれだけ派手にやってたらすぐにわかるよ。クリスタルドラゴンが粒子を撒き散らし始めた所で、野次馬は避難しちゃったけどね」


 そ、そうなのか……気が付かなかったな。

 それにしても、触れた場所の内側から結晶を生み出して抉るなんて、割とえげつない技を使って来たんだな。もし、イザベラが避けきれなくて全身で受けてたら……マジで俺の命がなかったかもしれない。

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