第22話 試験対策

 集中講義は有意義と言われればそんなような気がするって感じだった。1限から4限までの実技と座学を4日間続けることで15限分の授業として単位を取得することができるのが集中講義な訳だけど……結局、修練所以外のダンジョンに入ることはなくそこまで新鮮な体験ができるものではなかった。

 夏休み前半の集中講義を受けた訳だけど、後半のものは受けるつもりがない。夏休みを8日間も講義に使いたくないって思いもあったが、今はそれ以上にこんなものを続けても俺のためになるのだろうかという疑問が浮かんでしまったからだ。


 寮に帰ってきた俺は精神的な疲労が溜まった身体をベッドに投げ出し……そのまま目を閉じようとしたら顔になにかを被せられた。


「なんだよ」

「着替えたりぐらいしたら?」

「面倒くせぇ……」

「全く」


 制服のままベッドに転がったのは事実だが、まさか同室の同級生に母親みたいなことを言われるなんて思っていなかった。制服が皺になると面倒なのは本当なんだが、今はなんとなく着替えるのすら億劫になっているから仕方がないと、誰に言い訳するでもなく心の中で呟いておく。


「集中講義はつまらなかったんだね」

「そりゃあ、そうだろ……お前は楽しかったのかよ」

「そもそも授業を面白い面白くないで区別するって考えがないから、よくわからないかな」

「真面目かよ」


 前にも言ったことある気がするけど、マジで考え方が全部真面目なんだよな。


「でも、確かに実りある経験だったかと言われると疑問が浮かぶけど……そういうことも含めていい経験ではあったんじゃないかな」

「そうか……俺にはそう思えなかったけどな」


 緊張感のないものは経験したってなんの価値も生み出さないと思っている。練習だろうが訓練だろうが、緊張感を保ってやることが最大の効果を生むと思うんだが……こちらがどれだけ緊張感を持とうとしても、なんの危機感もない戦いを目の前で見せられているだけでは緊張感だって薄れてしまう。


「免許取得の為って割り切ってたから受けたけど、これからの授業がこんな内容だとしたら俺はサボりがちになりそうだなぁ……」

「授業サボりは良くないよ、なんて言っても今の君には届かないだろうし……視点を変えて説得してみようかな」

「やめろ……同級生に授業出ろよって言われるのって結構きついんだからな」

「だったら最初から出ればいいのに」


 それはそうなんだけど……人間は正しさだけでは生きていけないんだよ、うん。


「そうだ! なら考え方を変えてみたらどうかな?」

「ほぉ? と言うと?」

「さっさと召喚士としての免許を取得してしまえばいいんだよ。そうすれば合法的にサボることができるでしょ?」

「……そうなのか?」


 なんで免許持ってるとサボれるんだよ。


「もしかして知らないのかい? 在学中に免許を取得して、召喚士としての仕事をこなしていれば公欠扱いで出席しなくても卒業できるんだよ?」

「マジ? じゃあさっさと免許を取得すればそれだけ授業に出なくていい時間が増えるってことか?」

「勿論、卒業する為に最低限のテストとか受けなきゃいけないけど、君は座学の成績だって別にそこまで悪い訳じゃないから問題ないと思うよ。それに、この学園は何処まで行っても実力主義で、君が召喚士として頭角を表していけば必然的に学園内での待遇は良くなっていく」


 おぉ……なんとなく、夢のある話だな。

 つまり、学園の授業に対してモチベーションが保てない俺みたいな人間は、さっさと免許だけ取得しちゃってそれから仕事を入れまくればいいのか。

 最終的に学生でありながら社畜みたいな生活を送ることになるかもしれないけど、モチベーションがなくなって授業をサボり、出席日数が足りなくて留年してから退学するぐらいだったら社畜をしている方がマシか……給料も出るはずだし。


「召喚士って固定給?」

「歩合制だよ。どうやって固定給にするのさ」


 ま、そうか……仕事をすればするだけ金が貰えるって仕事じゃなかったら本当に最低限のことしかしないんだけど……歩合制ならちょっと頑張ろうかなって思うし、俺としては合っているのかもしれない。


「よし、じゃあ今から免許取得の対策立てるか」

「普通に売ってるよ」


 ほら、と言いながら遊作が本棚から取り出したのは、召喚士免許の試験対策問題集だった。そう言えば座学の試験があるとか言ってたな。

 パラパラとめくって中を確認してみると、座学問題はそこまで難しくなさそうだ……基本的には召喚士として最低限は必要な、モンスターや魔法に関する知識、そしてそれに関する法律関係の問題が主なものらしい。


「まぁ……マークシート方式だから適当にやれば合格できるって召喚士の人が前に言ってたけどね」

「それは流石に嘘だろ」

「でも、座学は余程酷い点数を取らない限りは基本的に受かるらしいよ。やっぱり重要なのは座学じゃなくて実技の方だから」


 えぇ……ならなんでこんなそこそこ分厚い対策問題集とか売ってるんだよ。実技を重視したいって考えは理解できる。なにせ、召喚士にしろ魔術師にしろ、戦うってことをしているから命の危険とは隣り合わせな仕事だし、だからと言って放置しているとモンスターが地上に溢れかえってしまうから誰かがやらなければならない仕事だ。しかし、それと同じぐらいに法律に関してしっかりと認識していることも大事だと思うんだが……そこを座学で篩にかけているんじゃないのかよ。


「魔術師の試験はもう少し難しいみたいだよ。人気も高いからね」

「おかしいだろ……なんで人気で試験の難易度が変わるんだよ。合格定員数とか無いんだから同じぐらいの難易度にしておけよ」


 なんなの? お国さんは馬鹿なの?


「僕も早めに免許を持ちたいのは一緒だから、対策も一緒に考えようか」

「男と2人で勉強か……萎えるな」

「なら桜井さんでも呼ぶ?」

「そうしよう」


 桜井さんは割と怖い所もあるけど、あれでしっかりと女性らしい部分も持っているので、こいつと2人で勉強しているよりは楽しいだろう……勉強に楽しいも糞もないような気がするけど。


「受験対策の夏期講習みたいで楽しみだね」

「お前、高校受験をそんな楽しみなイベントみたいな感覚でやってたのか?」

「うん。だって人生で何度も経験できるものじゃないよ?」


 こいつ……やっぱり頭がイカレてしまっているんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る