第21話 拍子抜け

「弱いな」

「そりゃあ、ハナが本気で戦ったらそうなると思うよ」


 ゴブリンと名前をつけられている浅黒い肌を持った小型の生物を駆逐して、ハナが最初に口にしたのは相手の弱さであった。ハナの近接戦闘能力を考えるとゴブリンを相手に苦戦することの方がおかしいので、これはある意味では必然の出来事なのだが……ハナとしては弱い相手に剣を振った虚しさが残っているのだと思う。

 実戦の経験が免許取得に必須と言っても、別に強敵を相手にしなければならないみたいな規則はないので、こうしてゴブリンを適当に相手するだけでもいいのだが……やはりある程度は経験を積んでおかないと不安ではあると思う。


「……いや、本当にすごいね。稲村さんの言葉を疑っていた訳じゃないけど、実際にこうして目の前で例外的な存在を見せられると自信が無くなっちゃうな」

「どうも」

「うん……君は召喚士になるべきだ。僕が1年生の頃はそもそも敵と戦う心構えすらできていなかったし……なにより、生物の命を散らすことにすら抵抗を持ってたんだけど、君は最初からそんなものを欠片も持っていない」

「その言い方は俺が他人の命を奪うことに対して何も思ってない精神異常者みたいに聞こえるんでやめてくれませんかね?」


 悪いけど、俺はそこまで屑になった覚えはないぞ。

 俺の場合は罪悪感を覚えていないのではなく、最初からある程度は割り切っているだけだ。害獣を駆除するように、人間に対して攻撃性を見せるモンスターは最初から命の奪い合いしかできないと思っているのだ。そして、俺の考え方は決して間違っていないはずだ……分かり合える存在ならば、とっくの昔にやっている。


「確かに言い方は悪かったけど、事実だと思うよ。そして僕は……そんな君の精神を少しだけ危ういと思っている」

「それは俺が、いつか人間にも牙を剥くと?」

「そうじゃない。ただ、今のままなら君はいつか……同じ人間を見捨てるような人間になってしまうかもしれないと思ってね」

「そうですか。なら問題ないですね……今から気を付ければいいんですから」

「それはそうだね」


 ならいいじゃないか。

 誰もわからない未来の話をしたって仕方が無いのだ。未来のことは未来に考えればいい……その時に何が起こるのかを、今から話し合っても無駄な時間だ。

 口では多少納得している感じを出しているけど、なんとなく芯まで納得できないって感じの答えが返ってきたけど俺は問答をするつもりはないのでガン無視する。


「ハナ、もう少し頼む」

「あぁ……任せてくれ」


 ダンジョンの床を突き破りながらボコボコと湧いてきたゴブリンを前にして、ハナが剣を構えながら前に出る。今の俺でもちょっと頑張れば倒せそうなぐらいのモンスターな気もするけど、これは召喚士としての集中講義だから俺は背後から見ている方がいいだろう。

 ゴブリンがこちらを認識して、奇声を発しながら武器を掲げた瞬間にハナの姿がブレて手前にいた2体のゴブリンが倒れ、首がその辺に転がる。


「遅い」


 仲間がやられたことにゴブリンが反応するが、それよりも速くハナが駆け抜けて残りの4体が、同様に首を刎ねられてその場に倒れ込む。敵が6体いたとしてもこれで終わるってのは、ハナが強すぎる気がする。

 まぁ、RPGで例えるならば最初の村の外でいきなりレベル99の味方がいるようなものだからな。


「うん、君は問題なく免許が取れるよ。なにより、君は召喚士に向いている……そうやって戦いの最中も頭を動かしている所とか、ね」

「いや、たとえ自分が身体を動かして戦わなきゃいけない事態になったとしても、思考を止めることはないでしょう」

「それが、実際に戦ってみると思考が停止しちゃう人っているんだよね。後天的な訓練である程度はどうにかできるんだけど、君みたいに先天的に戦いに適した思考回路を持っている人ってそうはいないから」


 なんか、さっきから俺が異常者であるみたいな言い方ばかりされている気がするけど、俺はあくまでも戦闘中にも思考を止めずに戦っているってだけのことで、こんなのしっかりと理論的な考え方をしながらスポーツしているのと何も変わらないだろ。

 思うに、戦いというものを特別視している人間はそうやって思考を止めてしまったりするのだと思う。戦いが非日常的なものであると認識しながら戦場に立てば、そりゃあ思考だって止まるだろう。人間は普段から考えていないようなことがいきなりできる生物じゃないんだから。

 ま、色々と考えているけど……最終的には結局ハナがなんとかしてくれるからいいか、ぐらいで眺めているだけだったんだけどね。



 集中講義開始から数十分が経過して、俺たちは再び入口に集められていた。そこに集まった人たちは全員が無傷の状態だったが、表情はそれぞれ別々のものに変わっていた。ある生徒は命を奪ったことに対して罪悪感を持ってしまったのか暗い顔で俯き、別の生徒は魔力を消耗しているのか肩で息をしながらきつそうに、そして俺と遊作は最初から特になにか変わった様子もなく、そのまま臨時講師の言葉を聞いている。


「お疲れさまでした。ではこの後は、地上に戻って休憩を挟んでから座学なので遅れないように……今回の実習でみなさんがなにかを掴めていたら幸いです」


 ありがちな言葉と共に話が終わって地上を目指して歩き始めた訳だが……俺はちょっとだけ失望していた。国立魔術総合学園に通っている生徒たちなら、この程度は余裕でこなしていると思ったのだが、どうも余裕だったのは俺と遊作だけみたいだ。


「なんか……つまらない訳じゃないけど、それほど有意義って程の時間でもなかったな」

「雑魚狩りしても楽しくない、みたいな?」

「そんな感じ。別に戦いを楽しんでいる訳でもないから、強敵がいたら嬉しいってことはないんだけどさ……どうも、拍子抜けする感じではあるよな」


 勿論、今回のダンジョンはゴブリンが出てくるだけの修練所であることは理解している。あくまでも俺たちは練習の戦いをしてきただけで、実戦と言えば実戦だが、緊張感のある戦いであったかと言えばそうではないだろう。保険として、クラゲもついていた訳だしな。


「まぁ……召喚士として頭角を表していけば必然的に危険な仕事をすることになるよ」

「いや、だから俺は別に危険な仕事がしたい訳じゃないから」


 ただ、結構意識低いんだなと思っただけだし。

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