第20話 ダンジョン
ダンジョンって名前がつけられているから、もっと薄暗くて未開の秘境みたいなものを想像していたんだけど……実際には中まで電気が通っている、すごい近代的な炭坑って感じの場所だった。ただ……見た目が近代的なだけで、中に入った瞬間に肌にねっとりと絡みつくような殺意が何処からともなく常に向けられているような気がする場所ではあった。
夏休みの期間を使って集中講義を受けに来た俺と遊作だが、1年生で参加するのが2人だけってこともあって冷やかしなんじゃないかって目を割と向けられているんだけど……案内役兼臨時講師の現役召喚士さんからは特にそんな視線を感じなかった。
「で、実際にダンジョンに入ってみた感想はどうかな?」
「すごい……怖いですね」
「なんかちょっと探検みたいでワクワクします」
「まだ特になにも感じないです」
先を歩く2年生や3年生の生徒たちが適当な感想を喋っているが、俺と遊作は常に視線を向けられるような感覚が落ち着かないので、周囲を警戒しながら歩いていた。
「……じゃあそこの2人は?」
「気持ち悪い」
「不快ですね」
俺たち2人の感想は同じようなもの。生理的な嫌悪ってよりは……常に命を狙われることに対する恐れが引き起こしている拒否反応って感じの気持ち悪さだ。
臨時講師の先生は俺たちの回答を聞いて少し意外そうな顔をしてから、笑顔で頷いた。
「それぞれ思うところはあるだろうけど、これがダンジョンの雰囲気なんだ。ここは国がしっかりと管理しているダンジョンだから、そこまで危険度はないけど……それでもこの雰囲気を怖いと思える人が、この先でも大成していくと僕は思ってる。まぁ、僕もここに初めて入った時は暗いなー、ぐらいにしか感じなかったけどね」
恐怖という感情は人間の生存本能が叫ぶ危険のサインだ。これを軽視して蛮勇を振りかざす奴は簡単に死んでいく……それだけ、人間にとって恐怖と言う感情は大切なものだと思う。しかし、振り回されては駄目だ。恐怖は我がものとして飼い馴らさなければならない。
「あの、国がしっかりと管理しているダンジョンって言ってましたけど、管理してないダンジョンがあるんですか?」
「……そうだね。これは国が誤魔化していることだから、あんまり大きな声で言っちゃ駄目なんだけど……そもそも「ダンジョン」って名称がついているものは国がしっかりと認識しているものだけなんだ。それ以外は、モンスターが湧いてくる地底の穴……つまり、ダンジョンとして認識されていない。この日本にも、ダンジョンと呼称されていないだけのダンジョンは結構あるよ」
2年生の女子生徒がおずおずと質問した言葉に、召喚士の人は苦笑しながら訳を教えてくれる。
つまり、ダンジョンと呼ばれているものは最奥まで全て探検され尽くされている、と。そして、引率ありとは言えこうして学生を引き入れることができるぐらいには安全であると判断できるダンジョンもまた存在しているってことだな。
「このダンジョンは修練所なんて呼ばれている場所でね。名前の通り新人や君たちみたいな免許も持っていない人間が入っても、ある程度は戦いになるようなモンスターしか出てこないことが分かっている場所なんだ」
「え、じゃあ今日からもう実戦実習ができるってことですか!?」
「そうだよ。実戦経験は早めに積んでおいた方がいいって判断さ」
実戦実習は2年生になれば普通にやっていると思ったんだけども、なにをそんなに驚いているのだろうか。
「今日は参加者が全員で10人だから、僕が1人で全部見れる。だから思う存分に戦ってくれていいよ」
おー……そんな適当なんだ。それぐらいに弱いモンスターしか現れないってことなのかな。
俺が1人で臨時講師の言葉に感心していたら、おもむろに召喚魔方陣を描いて契約生物を召喚した。
「
地面に手をつくと同時に、ぶわっと魔方陣からいくつもの青い光が飛び出し……それぞれ俺たち受講者の近くに留まり始めた。ちらっと視線を向けたら……その青い光はふよふよと動きながら触手を動かしている。
「クラゲ、か?」
「そう。これは僕が契約している
へぇ……こんな風に分裂して数を増やすことができる契約生物なんかもいるんだな。
それにしても、こうしてクラゲがふよふよと水の無い場所を彷徨っているのを見ると、本当に地球外生命体みたいだな……元のクラゲが超絶不思議な生物だから仕方ないんだけどさ。
「じゃあ、みんなそれぞれしばらくは自由行動で、ダンジョン内を探索してみて」
おいおい、護身用の契約生物をつけているからって随分とフリーに動かしてくれるじゃん。これはラッキーだな……なんでここに1年生がいるんだよみたいな目に晒されながら活動しなくていい訳だろ?
「
遊作はさっそくキマイラを召喚してさっさと歩いて行ってしまった。いきなり神話生物を召喚したことに他の生徒たちは驚いてるって感じだけど、俺もさっさと1人になれる場所に行くかな。
「あ、ついていってもいいかな?」
「……なんで?」
「稲村さんから、君は特別にすごいって聞いててね」
「遊作の方じゃなくて?」
「彼は違うよ。それに、吉田遊作君は僕たちの業界じゃちょっと前から有名だったし」
だからってなんで俺の方についてくるのやら。
「有望な3年生とかいないんですか?」
「全然だね。そもそも、3年生のこの時期にこんな集中講義を受けている時点で免許が取れるかどうかも怪しいよ」
「酷いこと言うんですね」
「統計的な事実だからね」
ドライだな……まぁ、あくまでも臨時講師として召喚士の卵を育成しているだけだから当たり前かもしれないんだけどね。
「ここは、私がやろう」
「これは……驚いたね」
カードに魔力を込めて召喚したハナを見て、びっくりって顔をしている。それは俺が変な召喚魔法を使っていることに関してびっくりしているのか、それとも召喚されたハナが喋っていることにびっくりしたのか……あるいは、俺が言葉を発さずに召喚したことに驚いているのか。
誰が近くにいても別に俺がやることは変わらない。ちょっとダンジョン内の雰囲気を味わって、1年生以内での免許取得を目指すだけのことだ。
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