第19話 集中講義

 入学してから一ヵ月の間は目まぐるしく変化していく日常に追われて、周りを見るような余裕もなかったのだが、しばらくすると慣れてきてしまうのが人間の適応能力の高さというものだ。結局、慣れてしまえば少し特殊な学校に過ぎないので、カリキュラムに従って俺はただひたすらに学びを得て、召喚士としての実力を磨いていくだけだ。

 そんなことをしていると、いつの間にか7月もそろそろ末に差し掛かっている。期末テストを終え、完全に夏休み気分の学生が世に蔓延っている時期だが……寮の自室で俺と遊作は2人で頭を突き合わせていた。


「どうする?」

「うーん……僕は帰省するつもりなんてないから、そのままフルで入れてもいいかな」

「馬鹿野郎、フルで入れたら夏休みが夏休みじゃなくなっちまうだろうが」

「そっちなんだ」


 俺と遊作が2人で眺めているのは、学園で配られていたパンフレット。そこに書かれているのは夏休みに行われる学園主導の補習などである。座学と実技、それぞれ優秀な成績を収めている俺と遊作は、別に夏休みに一度も補習なんて受けなくてもいいのだが……気になっているのは召喚士の免許取得に向けた集中講義があることだ。稲村先生曰く、別に受けなくても問題なく免許は取れるらしいのだが……問題はその内容だ。


「……モンスターとの実戦、ね」

「実戦経験があれば免許取得が滅茶苦茶楽になるってのは聞いたからな……いっそのこと、ここでやるのはありだと俺は思うぞ」

「そうだね。学園の授業で実戦経験を積もうと思ったら、それこそ2学期の末まで待たなきゃいけないし……シミュレーターで出来ることは限られているからそこまで経験にはならなかった」

「だろ? ちょっと同期のライバルたちに差をつけるためにも、ここで集中講義に出て見てもいいんじゃないか?」


 ちなみに、この集中講義は本来ならば2年生向けに出されているものなのだが、別に学年で受けられないなんて縛りは存在していない。実際、稲村先生に確認を取ったら、学園側ではおすすめはされていないけど俺たちなら大丈夫だろうと言われている。

 遊作は元々召喚士の免許を取得するためにこの学園に来ている訳だし、早いうちに取れればそれだけ得をすることだってある。だからここで一緒に取りに行くのも俺はいいんじゃないかな、と思っている。


「でもフルでは入れたくないんでしょ?」

「根詰めて勉強し過ぎたら頭がパンクするだろ」

「そうでもないと思うけどね……どっちかと言えば、肉体的な疲労の方が強いんじゃないの?」


 そりゃあ、実戦なんだから肉体的な疲労はあるだろうけど、やっぱり働き詰めは身体によくないからさ。


「……わかった。じゃあ、半分だけ受けようか」

「実戦だけ受けられたりしないかな」

「それは流石に怒られると思うから辞めておこう。国が管理しているダンジョンとは言え、危険は付き物だからしっかりと準備していかないとね」

「おう」


 俺もあんまり夏休みに帰省するつもりはないので、集中講義以外は基本的に寮の部屋でだらだらしているつもりだ。勿論、自己研鑽を怠るつもりはないが。

 集中講義に必要なものなんかは全部パンフレットに書いてあるので、その通りに準備を進めて……あ、その前に稲村先生に集中講義を受けますって用紙に書いて提出しないといけないんだったな。


「遊作、紙持ってるか?」

「持ってないから貰いに行くよ。その場で書いて提出すればいいし」

「そっか」


 確かにな。


 パンフレットを適当に読み込んでから、俺と遊作は稲村先生の教授室へと向かった。扉を開けると、そこにはふよふよと浮いている稲村先生と、床の掃除をしているメイド服のお姉さんがいた。


「……ん? あ、今岡君と吉田君? ちょっと待ってね」

「なぁ、これ何が起きてるのかわかるか?」

「多分、特定の条件下で無重力になるんじゃないかな」


 部屋の中には稲村先生以外にも、本や紙、ペン、水筒、椅子なんかも浮いていた。明らかに異常な光景なんだが、稲村先生はすーっと俺たちの方へと近寄ってきた。


「どうしたの?」

「集中講義について」

「あー……受けることにしたんだ?」

「はい。問題でしたか?」

「ううん……そんなことないけど、多分他の先生になにか言われるだろうなーって」


 担任としては止めなきゃいけないことのようだ。


「でも、2人なら全然問題ないと思うよ。3年生の殆どより強いと思うし……はい、これ書いて提出してね」

「こちらです」


 紙を受け取った俺と遊作に対して、床の掃除をしていた女性が机とペンを用意してくれた。どこから取り出したのだろうかと思っていたが……女性は普通に浮いている箒を手にしてそのまま掃き掃除を始めた。多分、ツッコまない方がいいんだろうな。

 なんとも不思議な光景の中で、提出用の用紙に名前や学年なんかを記入していく。


「私もこれ、1年生の時に受けようと思ったのに、当時の担任に止められたなー……2年生になった頃に受けたら余裕過ぎて緊張感なかったし、多分2人もそんな感じになるよ」

「今から集中講義を受けようって心構えをしている生徒に対して結構酷いこと言ってるなこの先生」

「だって事実だもん。君たちは私から見ても特別……数年したら私なんてびゅーんと飛び越えて、すっごい所まで行ってるかもしれないね」


 本当かな……今の所、俺は稲村先生が超えられるビジョンが見えないけどな。

 周囲を漂っている本の群れを見て、俺は溜息を吐いてしまった。

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