第17話 修行

 お茶は美味い。遥か昔から人類が楽しんできた飲み物なだけあってお茶は美味いのだ。趣向品と言われればその通りなのだが、先人たちが様々な趣向を凝らした茶葉の量などを調節して味を出してきたお茶のレシピは、今の時代にも受け継がれている芸術そのものだ。紅茶だろうが緑茶だろうが、やはりお茶は美味いのだ。


「どうぞ」


 淹れてくれたお茶を飲みながら、俺は1人で勝手に満足していた。ステンレスのタンブラーにお茶を淹れてきたものなので淹れたてと言う訳ではないが、時間が経っても温かく飲めるのはやはりいいものだ。

 イザベラと共にブルーシートの上でお茶を飲み、素振りをしているハナを見つめる。快晴の空の下でピクニック……やはりいいものだと思う。


「……一応、何をしているのか聞いてもいいのかな?」

「あ、稲村先生……奇遇ですね」

「うん。ここ、学校の敷地内だけどね?」

「いいじゃないですか。こんな広い芝生広場、俺が生まれ育った街にはなかったんですから」


 ピクニックをしている訳だけども、行き先は学園内の芝生広場である。稲村先生が俺たちを発見して喋りかけてきたのは、別に稲村先生も休日に同じ公園にいたからではなく、単純に校舎のすぐ近くだからである。


「ピクニックっていいですよね」

「そうね、ピクニックはいいものだと思うわ……で、何をしているのか聞いていいかな?」

「ピクニックですよ」

「あのねぇ……ピクニックをするだけなら別に召喚獣なんて出す必要ないでしょう?」

「む? 失礼な……今の妾はただの召喚獣ではなく、主様の為のメイドなのだから、ピクニックについてくるのは当然だろう?」


 別にメイドやって、なんて言ってないんだけどね。


「はぁ……主力の2人を召喚したままどれくらいの時間を過ごせるのか、検証したかったんです。魔力の限界とか色々とありますから」

「あ、そういうこと? でも……なんでピクニック?」

「いえ、暇だったので。別に寮の中で試してもいいんですけど……この学校の寮は相部屋なので、ちょっと気まずいかなと」


 遊作なら別に協力してくれそうではあるけど、流石に休日までこちらの用事に付き合わせるのは可哀想だったのでやめておいたのだ。それで、天気もよかったのでそのまま外に出て、ピクニック気分で紅茶を飲んでいる。

 ハナは鎧を脱いで薄着の状態で剣を振るって好き勝手にしているし、イザベラも俺の世話を好きでやっているので特になにも命令したりしていないが……既に2時間以上は召喚したまま放置できている。


「どう?」

「……体感ですけど、特別なことをしなければずっと召喚させていられそうだなって」

「でしょうね。君のそのカードを見ればわかるけど……召喚すること自体に魔力をかけてその後の消費は無いも同然だと思うわ」

「知ってたんですか!?」


 じゃあこの時間無駄じゃないですか!?


「知ってた訳じゃないけど……なにもかも構造が違うから、解析に時間がかかってるの」


 彼女は召喚士でありながら召喚魔法の研究者でもある。なので、俺が操るカードを用いた召喚魔法の解析をしてもらっているのだが……構造が複雑すぎて解析に手間取っているらしい。ある程度の仮説として色々なことは話してくれるが、当たっているかどうかはわからないって段階で……とにかく情報が欲しいって感じらしい。

 俺としては、自分が戦う時にどれくらい魔力を残しておけばいいのかって目安の為に実験していたんだけど、こちらから魔力の譲渡を行わなければ大きな問題にはならなさそうだったので、ちょっと安心していたのだ。


「なぁ、主様あるじさまは自分で戦えないのか?」

「なにそれ、いきなり罵倒?」

「違う。召喚された存在として、主様を守るのは当たり前のことだが……少しも戦えないというのはどうなんだ? いざ危険が及んだ時に私たちが助けられない状況だったら主様は死ぬのだろう?」

「そんなあっさりと殺されるつもりはないけど、まぁ……戦えないかな」


 2人から力を借りることで身体能力を大幅に上昇させることはできるが、それでも戦闘行為そのものが素人である俺にとっては豚に真珠……無駄にも程がある。しかも、俺が力を徴収している状態では2人はまともに戦うことができなくなる訳だから、それこそ意味のない状態だ。


主様ぬしさまは妾たちに守られていればそれでいい。妾たちには妾たちの、主様には主様の戦い方があるのだ」

「しかしなぁ……やはり心配ではないか」


 ハナはそう言って、ちらりと俺の横にいる稲村先生へと視線を向けた。


「見たところ、この女性は自らの力で戦う術も持っている。当然、我々には敵わないだろうが……主様が戦えば瞬殺されるほどの力を、な」

「え? まぁ……こればかりは経験だと思うわ。私はこれでもモンスターを相手に命張って戦ってきた訳だし……いきなり学生の今岡君に戦い方を覚えろ、なんて言っても無茶だと思うわ」

「しかし、無茶を通さなければ死ぬのが戦場……それは貴女もわかっているのでは?」

「それは……そうかも、だけど」


 ハナの言いたいことが少しずつわかってきたぞ。


「つまり、俺に近接戦闘である程度は耐久出来るようになって欲しい。あわよくば素振りだけでは暇だから今から相手になってくれると嬉しい、と」

「あぁ、そう……だ?」

「いいかもしれないな」


 確かに、召喚士だからと言って俺自身が戦闘能力を持っていないのは致命的な弱点になりえる。実際、遊作や桜井さん、稲村先生だってある程度は自分で動くことができるのだから、俺もそれに倣ってある程度は動けるようにならなければいけないとは思う。


「よし、ならやろう」

「……自分で言っておいて、私が相手で本当にいいのか? 手加減は苦手だし、一瞬でケリがついてしまうような戦いで成長できるとは思えないんだが」

「んー……なら、こうしよう」

「うっ!?」


 剣を構えて困っていたハナの態勢が崩れる。反対に、俺へとハナの魔力が流れ込んできて……身体の隅々へと広がっていくのを感じる。


「ハナの魔力を半分だけ徴収した。それで実力が完全に半分になる訳ではないだろうけど……手加減ってことでさ」

「まぁ、これなら……確かに勢い余って殺すことは無さそうだが」

「おい」


 俺がハナから半分を徴収したことで完全に互角になる訳ではない。そもそも剣をまともに握ったことも無い俺が、騎士としてイザベラと戦うことができるハナに勝てる訳が無いのだから。しかし、ある程度の身体能力で拮抗することができるからこそ、俺はハナから様々なことを学べるはずだ。


「行くぞ!」

「あぁ……手加減はできないぞ」


 思い切りぶつけてやろうではないか……今の俺の本気を!

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