第15話 実戦経験

 ハナ、と名付けた騎士が新たに手札に加わった俺だが……別段、日常生活に違いがある訳ではない。何故ならば、モンスターとの戦闘を想定した実戦訓練は1年生の後半になってからのカリキュラムになっているからだ。中途半端な知識と力で戦えば、容易く命を失ってしまうのがモンスターとの戦い……これは魔術師科の人間も同じことで、本格的な実戦経験を積めるのは2年生になってからのことだ。

 モンスターと本格的な戦いが無ければ、手札を揃えたところで使う場所がない……なので、基本的に1年生の間にやるべきことは力をつけることではなく知識をつけることなのだ……まぁ、稲村先生の受け売りだけど。


「や、何してるの?」

「……戦力の整理」

「あぁ……君の戦力はこうして目に見える形にできるから便利だね」

「簡単にこちらの総戦力を把握されるって意味でもあるけどな」


 学内の休憩スペースでカードを広げて並べていたら、遊作がやってきた。

 俺が何をしているのか気になったらしいけど、実際の所は特になにかをしていた訳でもない。咄嗟に戦力の整理とか適当なことを言ったけど、整理するまでもなく俺の頭の中に契約した存在はしっかりとインプットされているし、実際のカードのように整理しなくても必要なカードだけ魔力で生み出すことができるのでこんなことをしている意味はない。ただ……手持ち無沙汰だったからカードを並べて物思いに耽っていただけのことだ。


「……戦力って言っても、大半は見たことが無いようなモンスターばかりだね」

「そりゃあ、試しに契約した小さい妖精とか、ただの犬みたいな戦闘力が無い奴だっているからな」

「契約を解除したりしないのかい?」

「解除するメリットが特にない。通常の召喚魔法と違って、俺の召喚魔法はあくまでもカードを媒体とした召喚だから、俺自身に契約の限界は存在しない」


 通常の召喚士ならば自身の魔力に見合った……ゲームでいう所のコスト限界みたいなものがあって、強力なモンスターと契約すればそれだけコストを食っていく。コスト限界を見極めて契約を解除したりするのが普通の召喚士なのだが……俺の場合は事情が違う。そもそも俺にはコスト限界が存在しないので無限に契約を結ぶことができるのだ……その分、どんなモンスターと契約したのかをしっかりと記憶しないといけないんだけども。

 カードを整理する必要もないし限界も無いので無限に契約をすることができるのが俺の契約魔法なのだ。


「便利だね」

「まぁな……けど、結びつきが強すぎるから普通の召喚魔法と違って関係の上下はそこまで存在しない」

「つまり、命令に従わないことがある? それはかなり致命的じゃないかい? しっかりと屈服させて契約しているはずなのに」

「俺の性分もあるのかもしれないけどな」


 俺はあまり他人を力で従わせるようなやり方が嫌いだ。もしかしたら俺以外の人間がこの召喚魔法を使えば、もっと強制的に力を使って従わせることができるかもしれない……まぁ、俺だって魔力を徴収したり分け与えたりすることはできるんだけども。絶対的な主従って訳ではなく、あくまでも基本的に俺が上の契約って感じだな。

 便利であることは認めるが、俺の召喚魔法にだってメリットとデメリットが存在していて、基本的な召喚魔法にだってまた違うメリットとデメリットが存在している……世の中、万能の魔法なんてないってことだな。


「ところで、僕が最近考えていることがあるんだけどさ」

「……取り敢えず聞こうか?」


 入学してまだ少しなので、別に遊作の性格を全て理解している訳ではないが、こうやって前置きがある時には大体くだらないことで、時々クソみたいなことを言いだす傾向があることを俺は知っている。クソみたいなことの具体的なことで言うと……実行すれば100%稲村先生に怒られるようなことだったりする。


「先生が言っていることもわかるんだよね。実戦よりも先に知識を身につけるべきだってやつ……実際、後からこんな恵まれた環境でしっかりとしたカリキュラムの授業を受けられる場所なんてないんだから、召喚士になる前にしっかりと知識は身につけるべきだと思う」

「もう何が言いたいかわかったわ……それがわかってもなんとなく物足りないから、ちょっと学園から出てモンスターと戦いに行かないかって話だろ?」

「あ、やっぱりわかっちゃう?」


 はぁ……くだらないことであって欲しかったが、今回はどうやら稲村先生に怒られるような方だったらしい。

 別に俺たちは校則で学校の許可なくモンスターと戦ってはいけないなんて言われていない。免許が無いとモンスターの発生源であるに入ることができないのでモンスターと戦う機会は免許を取得してからなのだが……この世界にはダンジョンから外に溢れ出して繁殖してしまったモンスターというのがいたりする。

 ダンジョンから溢れ出したモンスターの危険度は総じて低い。それこそ魔法が使えるようになった素人でも倒せるようなものが多いのだが……それでも免許も持たずに命をかけて戦っていい訳がない。しかし、遊作は自分たちの力を試す為に外に出ようと言っているのだ。


「やめておきなさい」


 正直に言ってしまえば、ちょっと迷っていた。遊作の言いたいこともわかるのだから、それに乗っかってしまえば楽しい思い出になるかもしれないと俺の中の悪魔が囁いていたが、底冷えするような声が背後から聞こえてきたので思わず振り返ったら、そこには呆れたって感じの顔をした桜井さんがいた。


「あのねぇ……なんで実技実習が1年の後半からかわかる? そうじゃないと危険だからなのよ。死にたがりの馬鹿を止めるほどお人好しになったつもりはないけど、貴方たちに何かあったら同じ学年の全員に迷惑かけることになるのよ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。まだ行くって決めた訳じゃないし、ヒートアップしすぎて周りからすごい見られてる」


 最初はちょっと落ち着いた言葉だったのが、段々と語気が強くなっていったのに比例して声も大きくなっていた。周囲から見られていることに気が付いた桜井さんは、顔を赤らめながら咳払いをして、僕の向かいの椅子に座った。


「とにかく、好き勝手に行動するのはやめなさい。そもそも、そんなに実戦がしたいならがあるでしょ?」

「予約殺到しててまともに使えないよ。今から予約したって、使えるのが二ヵ月後ぐらいだよ?」

「それくらい我慢しなさいよ」


 いや、二ヵ月は我慢できないだろ。

 しかしまぁ……この時期になるとやっぱりみんな同じ考えになるのかな。自分の力を試したくなる……わからないでもないけど、二ヵ月待ちの予約を見てまでやる気にはならないかな。

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