第10話 序列

 この学園に序列なんてものは存在していない。別にテストの順位が掲示板に張り出されるようなことはないし、実技授業で誰が強いのかを決めるような野蛮な大会なんかも存在しないので、生徒たちの噂程度で戦ったら誰が強いみたいな話はあっても実際に人間同士で戦うことは少ない。あくまでも、この学園はモンスターと戦うことを想定して特殊な免許や資格を取得するための学校であって、最強の人間を育成するための機関でもなければ兵士を養育する軍事学校でもないからだ。

 そう……学園に序列は存在していない。しかし、それはあくまでもカリキュラムとして存在していないだけで、実際には生徒間で序列のような風潮が出来上がってしまっているのもまた現実。


「退けよ、魔法生物科が俺たちの前に立ってんじゃねぇ」

「どう見ても座ってんだろ。目が腐ってんのか?」


 だからこうして、学内で諍いが起きるのも日常の出来事なのかもしれない。



 魔術総合学園と名乗っているだけあって魔法を扱う職業に就こうと思ったら、この学園よりいい場所はない。魔法を中心としたカリキュラムに高校卒業の資格もしっかりと取得することができ、授業選択の幅も下手な私立高校よりも広くて学費だって公立高校と比べてもそこそこ安い。なにより、学食や図書館などの設備もしっかりとしているので、学生として過ごしやすい場所になっている。


「で?」

「せっかくだし、色々な生徒と仲良くならない?」

「いや……俺みたいな陰キャ誘っても嫌な雰囲気なるだけだからやめとけって」

「そう言わずにさ」

「お前、性格いいのか悪いのかわからんな」


 同級生はクラス内の50人以下しか存在していないが、3人いれば人間はカーストを作れる生き物なので、入学から一ヵ月が過ぎる頃にはクラス内に格差が生まれていた。生来、まともにコミュニケーション能力を養ってこなかった俺みたいな社会不適合者は簡単にカーストから弾かれて底辺層の役割を押し付けられる。そんな俺に対して、クラスカーストのトップに君臨する遊作が話しかけてくることの方がおかしいのだ。

 確かに、俺と遊作は友達だ。受験の日に出会って自己紹介を交わし、決闘と言って拳も交わした仲なので別に俺は友達ではないと言うつもりはないが……それにしたってクラス内で出来上がったカーストを無視して仲良くできるほど、俺だって図太くはない。もっとも、遊作の方がガン無視で俺に関わってくるぐらいには図太かったようだけども。


「はぁ……わかったよ。で、何人ぐらいいるんだ?」

「……1人」

「は?」

「いやぁ……君も誘うって言ったらみんなに逃げられちゃって、1人だけ。だから、僕ともう1人と君で、3人だね」

「もしかして俺、間接的にいじめられてる?」


 おかしいよね? なんでクラスカーストトップの遊作が誘って1人になるなんて展開があるの? そんなに俺は嫌われているのか?


「あんまりいい噂じゃないんだけど、どうも君がその……意味わからない魔法で召喚士目指していることが噂になっているみたいで」

「あー、もういいわ」


 それ以上聞いたら、俺の心がブレイクされちゃうから結構です。

 はぁ……昼飯食いに行くってだけでなんで俺はそんな残酷な話を聞かされなきゃいけないんだ。


 結局、行くって一度言ってからやっぱり行かないと主張できなかったので、俺は遊作と共に食堂へと向かった。この学校はかなりの人数が生徒として在籍しているので、学内が広くて食堂の詳しい位置も最初は覚えられなかったのだが、一ヵ月も学生をしていれば流石に覚えるというものだ。


「遅い!」

「ごめんごめん……ちょっと俊介が粘ったから」

「俺のせいかよ……で、1人ってのは桜井さんだった訳ね」


 俺と遊作の分の席を確保してくれていたのは、授業中に遊作と張り合おうとしている女子生徒……桜井良子さんだった。稲村先生が言及するほどの天才の1人なので、やはり遊作とは話が合う部分もあるのだろう。


「桜井良子よ、よろしく!」

「え、あぁ……うん」


 肩程までに伸びた亜麻色の髪を揺らしながら、桜井さんが元気よく挨拶をしてくれた。彼女はクラス内の委員長も務める真面目さんで……クラスメイトからは陰で堅物と言われている。悪口なのかどうなのか判断に迷う呼ばれ方だけど、本人的にはそこまで気にしていないようだ。


「それにしても、こんなに混んでるのによく3人分も席が確保できたね。桜井さんは結構早くいたの?」

「混むのは知ってたもの。はい、今岡君用の水とおしぼり」

「お、おぉ……ありがと」


 至れり尽くせりだな、おい。

 桜井さんが確保しておいてくれた椅子に座り、水を飲もうとした瞬間に椅子を蹴られた。あとちょっとで水を零してしまう所だったが、なんとか堪えたのでちらっと背後を見ると……こちらを見下ろしている金髪の男がいた。


「おい、席空いてねぇぞ」

「マジかよ……じゃあ、から譲ってもらえよ」


 はーん……そう言うことね。

 俺たちは基本的に同じ制服を着ているが、学科によって制服の肩らへんについているエンブレムが少しずつ違う。そして……こいつらは多分、魔術師科の連中だ。魔術師科は確かにこの学校で最も力を持っている連中ではあるだろうが……まさか学生食堂ですらこんな偉そうな態度を取ってくるとは思わなかった。


「おい」

「なんだ?」

「退けよ、魔法生物科が俺たちの前に立ってんじゃねぇ」

「どう見ても座ってんだろ。目が腐ってんのか?」


 ちなみに、俺は売られた喧嘩を割と買うタイプだ。


「ちょっ!? 今岡君!?」

「どう見ても先に座ってただろうが。順番待ちって言葉も知らねぇのか?」

「あぁ? なに魔法生物科の奴がイキってんだよ。自分で戦う才能も無かったゴミの集団が、調子に乗ってんじゃねぇぞ?」


 ふわっと、男の身体から魔力が漏れ出した。人間の感情に呼応して魔力が荒ぶるのは結構あることなんだが、そのまま魔力を使った戦いになるのはマズい。なにせ、この学園は許可なく魔力を使用した私闘を行った場合……かなり重い罰を受けることになるからだ。魔力というやろうと思えば人を簡単に殺せる力を誰もが持っているからこそ、それを取り締まる法も厳しくなる。怪我をさせれば退学だってありえる。

 一触即発の空気に、周囲の生徒が逃げ出している姿が見えた。逃げ出している奴がいるってことは、席が空いているってことなんだが……どうやら目の前のこの男は既に席に座るなんてことはどうでもよくなっているらしい。


「失礼、私闘は校則で禁止されているはずだが?」

「なんだと?」

「聞こえなかったか? 私闘は校則で禁止されている……これ以上、事が大きくなるならばこちらも対処しなければならないと言っているんだ」


 俺とパツキンヤンキーの間に割って入ってきたのは「風紀委員」の腕章をつけた黒髪の美女だった。

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