第8話 自爆技

 地面を砕きながら現れた白鯨はそのまま空中を泳ぐように上昇していき、空を回遊し始めた。


「イザベラ、あれ倒せるの?」

「……頑張れば?」


 無理そう。

 召喚されるモンスターが大きければ大きいほど、召喚士の実力がわかるなんて言われるが……超巨大な鯨を召喚する稲村先生はどんな怪物なのか少し恐ろしくなってしまうな。

 ゆったりとした動きで空を回遊していた白鯨が顔をこちらに向けた瞬間に、イザベラが翼を広げて超高速ですっ飛んでいった。音を置き去りにして飛ぶイザベラに対して、白鯨はあくまでもゆったりと口を開き……魔力の光を放出した。


「っ!?」


 地上を避けて放たれたらしいその光が雲を消し飛ばしてしまったのを見ると、あんなものを軽く召喚してケロッとしている稲村先生が恐ろしく見えてくる。しかし、イザベラはその光を避けて普通に接近しているから……勝てると判断したのだろうか。


召喚サモン

「マジか」


 あれだけのモンスターを召喚しながら更に追加で召喚することができる余裕が、稲村先生にはあるらしい。

 地面の魔方陣から出現したのは黒色の山羊……の頭を持つ人型の悪魔のような存在だった。こちらも人間を超える大きさ……見た感じ、3メートルはありそうな山羊頭の悪魔を召喚した稲村先生は俺と目を合わせてニッコリと微笑み、こちらに向かって嗾けてきた。


「うぉっ!? マジで容赦ないな……プライドってやつかな」


 勲章を与えられるほどの実力者ならば、やはり手加減をすることはできないって感じなのかな……召喚士としてそれだけプライドを持っているのだろう。やはり、担任の先生としてはとてもいい人だと思うが、戦いたくない相手かもしれない。

 なんとか悪魔の攻撃を避けながら反撃の方法を頭で考えていたら、頭上で巨大な爆発音が鳴り響いて俺の身体に激痛が走り、イザベラがボロボロの状態で落下してきた。


「ぐっ!? イザベラっ!」

「主様、済まぬ……啖呵を切っておいてこの様だ」


 血を流しながら俺に謝るイザベラは、心底悔しそうに上空の白鯨を睨み付けていた。

 結局、特別な召喚魔法が使えても俺が弱いからこうしてイザベラがボロボロになってしまっているのだ。召喚された存在の強弱ではなく、単純な俺と稲村先生の実力差が如実に表れているだけ……そう受け入れて参ったと言えばこの戦いはそれで終わりだ。

 終わりなんだが……そこで簡単に負けを認められるほど、俺だって潔い性格はしていない。


召喚サモン

「っ! 主様、そのカードは」

「俺の手持ちでこんな連中に対抗できるのはこれしかないだろ」

「しかし、そんなものを召喚すれば主様がっ!?」

「派手に暴れろ、


 イザベラの警告を敢えて無視して、俺は大量の魔力を込めてカードからモンスターを召喚する。光と共にカードの魔方陣から出現したのは……巨大な龍。立派な髭を持った黄金色の鱗を持つ長大な龍の召喚に、俺の身体は悲鳴を上げている。


『──ウハハハハハハ!』

「白鯨!」


 巨大な龍と言っても大きさは白鯨には及ばない。しかし、その身から迸る雷は一瞬で空を覆いつくし……雷を纏いながらの突進で白鯨の身体を貫き、その勢いのまま俺に襲い掛かろうとしていた黒山羊頭の悪魔を消し炭に変えた。

 たった数秒の召喚で、魔力の殆どを持っていかれてしまったが……なんとか白鯨と悪魔を沈めることができた。カードに戻っていく帝釈天にちょっと恨み言を心の中で呟き、俺はなんとか立ち上がって稲村先生の方へと顔を向ける。


「すごい……本当に君は、特別な人間なんだね」


 稲村先生は純粋に俺のことを褒めてくれた。褒められて光栄だが……俺はもうまともに身体を動かすことができないくらいに全身に反動が来ている。2体の召喚獣を倒しているので、この勝負は俺の勝ちだと言わんばかりに稲村先生はちょっと身体が痛いって感じの状態で俺のことを褒め称えてくれた。

 召喚獣と召喚士は繋がっている。召喚獣がやられれば相応のダメージが召喚士へと帰っていく。実際、イザベラが攻撃を受けた瞬間に俺の身体にも大きな火傷ができている。しかし……稲村先生は白鯨と悪魔がやられているのに、筋肉痛ぐらいの痛みしか感じていないようだ。それはつまり……稲村先生にとってあの2体はそれほど強力な手札でもないのかもしれないということだ。


「恐ろしい先生ですね」

「む、失礼な。私は美人で可愛いねって評判の先生になるんですから」


 見た目は美人で可愛いけど、既にさっきの戦いでかなりの生徒から引かれていると思いますよ。

 イザベラと2人で支え合いながら立っていると、遊作が俺の方へと近寄ってきた。


「……終わりでいいんだよね?」

「あぁ……戦いは俺の勝ちかもしれないけど、とんでもない壁を見たぞ」

「そう、か? 君が最後に召喚したあの龍を手懐けることができれば……君は稲村先生にも勝てそうだけど」


 帝釈天か……遊作は1つ勘違いしている。俺は別に帝釈天を制御できていない訳ではない……単純に、帝釈天の力が強すぎて俺の身体にとんでもない反動が来ているだけだ。まぁ……反動が来ているから手懐けられていないって言われたらそうかもしれないけど。

 現状、俺があの帝釈天を召喚していられる時間は15秒程度が限界だ。イザベラを召喚しながらだと更に時間が短くなり、10秒も出していられれば御の字って所で……お世辞にも切り札とは言えないし、なんなら自爆技みたいなもんだ。


「うーん……1つ見つけたんだけど」

「なにを、ですか?」

「君のその召喚魔法の弱点」


 早くない?


「普通の召喚士はね、召喚した存在が1体やられたぐらいじゃそんな傷は受けないの」

「……どういうことですか?」

「君の召喚魔法は、契約した存在と結びつきが強い……それは良くも悪くもってこと」


 それって……俺は他の召喚士よりも召喚した魔法生物がやられた時の反動が大きいってことか?


「だからごめんね? その娘がやられたぐらいじゃそこまで反動が来ないと思ってやったんだけど……全身に火傷ができるほどとは思わなかった」

「それは、いいんですけど」


 多分、先生が思っているよりも俺とイザベラの結ぶつきが強かったのが原因だと思う。イザベラは俺が最初に契約した存在で、これまで半年以上の時間を共に過ごしてきた存在だから……俺とイザベラの間には特別な結びつきができているのだ。だから、先生が想定していた以上の反動が俺の方へと流れてきた。


召喚サモン、ドリアード」


 それにしても、稲村先生って……さっきからホイホイと人型召喚してない? やっぱり、この人ってヤバい人なのでは?

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