第7話 白鯨

 自己紹介は恙なく終わった。

 遊作の言っていた通り、知っている人間なんて1人もいない……初対面による挨拶なので殆ど印象も無いのだが……俺の挨拶の時は何人かが笑っていたので、きっとその連中は俺が意味の分からない召喚魔法を使っていたことを知っているのだろう。


「うんうん! せっかくクラスメイトになれたんだから、皆さん仲良くしましょう!」


 稲村先生はそんなことに気が付かずに1人で楽しそうに笑っている。若い女教師ということもあって、かなりの割合の人間がちょっとナメた感じで稲村先生を見ているが……遊作が逆立ちしても勝てないような実力者らしいから、俺はそこが楽しみだ。


「えーっと、今日はホームルームが終わったら解散なんだよね。部活の見学とか好きにできるから、4月のうちにやっておくといいよ!」

「先生はこの学校の卒業生なんですか?」

「え? そ、そうだよ! 私はねぇ……ね、年齢がバレるから言わないけど少し前の首席卒業生なんだから!」


 嘘じゃないかと疑う声がちらほらとクラス内から上がっている。

 今の所、年齢が近い先生ということもあってクラス内の雰囲気は良さそうだ。俺としては学級崩壊とかにならなければなんでもいいんだが……部活か。


「遊作は、部活とか入ろうと思ってるのか?」

「んー……僕は召喚士に集中したいからなぁ」

「だよな」


 この学園に入学してまで、部活に入ろうとは思わなかった。普通科もあるからそっちの学生とかが頑張っているのだろうが……魔法関係の学科に進んでいる人間はやはり部活も積極的ではないだろう。


「じゃあ、伝えることももうないので……今日はこれで解散です! 明日から授業、よろしくね!」


 稲村先生の合図によって教室は一気に解放感溢れる放課後の雰囲気へと一変した。

 ほぼ全員が初対面のはずなのだが……既に複数人が集まって会話していたりするのは、やはりコミュニケーション能力が高い連中が集まっているのだろうか。俺みたいな陰キャは誰かと喋ることもできないので、さっさと寮にでも帰ろうと荷物を手に取った。


「今岡くん、ちょっといいかな?」

「……大丈夫、です」


 さっさと帰ろうと思ったのに、初日にいきなり担任に捕まるようなことをした覚えはない。しかし、ここで無駄に抵抗して生徒指導とかされたら面倒なので諦めて俺は稲村先生についていくことにした。

 稲村先生はそのまま俺を伴って教室の外に出て……喧騒から少し離れた廊下で足を止めた。


「ごめんね。その、すごく私的な用事なの」

「はい?」

「私、これでもちょっと色々な所に顔が利く召喚士で……個人的に君が扱う召喚魔法を研究させて欲しいなって思ってるの!」


 いきなりすぎるだろ。


「学生の、それも入学したばっかりの君に言うのも変な話かもしれないんだけど……研究に協力してくれないかなって」

「あー……いい、ですけど……俺も詳しくは知りませんよ?」

「それを解き明かすための研究だから、大丈夫!」


 何が大丈夫なんだろうか。

 うーん……本当はさっさと断ろうかとも思ったんだが、稲村先生と個人的な関りが持つことができるのは魅力的な話だ。なにせ、彼女は勲章を与えられるほどの実力者なのだから。


「俺、召喚士について本当になにも知らないんです。だから……その全てを教えてください」

「うん! それぐらいは教師として当たり前だよ!」

「はい。できれば実戦で教えてください」

「うん……うん?」


 実戦で学ぶのが早いと俺は遊作との決闘で思い知った。だからこれから稲村先生とひたすらに手合わせをして彼女の技術を吸収していけたらと思っている。


「じ、実戦かぁ……教職員が生徒と実戦……大丈夫なのかな?」

「……もし無理なら、相手は先生でなくてもいいので」


 それこそ、遊作でも俺はいいと思っている。なにせ召喚士としての実力は遊作の方が圧倒的に上なことはわかっているのだから、彼からも学んでいけることはどんどんと吸収していくつもりだ。


「……よし! まずは私とやってみよう!」

「本当ですか!?」


 またとないチャンス!



 学園に許可を貰いに行ったら「またお前か」みたいな目をされたが、今度もちゃんと運動場を借りることができた。場所は以前と同じ第14屋外運動場だが、遊作と派手に戦った痕跡はしっかりと消されていた。


「お願いします」

「はい、から安心してくださいね」


 いいね……そういうナチュラルにこっちを見下してる感じ、強者って雰囲気が出ていて俺は少し興奮してしまう。


「遊作、やばかったら止めてくれよ」

「なんで僕が……」


 寮から近い運動場が借りれたこともあって、審判役として遊作を呼んでおいたのだ。

 しかし……この間と違うのは、寮から沢山の生徒が見学に来ていることだ。中には魔術師科の連中もいて……召喚士の実力を確かめに来ているらしい。


「では、始め!」

「イザベラ、力を借りるぞ」


 稲村先生が召喚魔法を展開し始めた時には、既に俺の背中には悪魔の翼が展開されていた。イザベラの力を借りて、俺は自らの身体能力と魔力を大幅に強化して自分の身で突っ込む。


「えぇっ!?」


 自身が突っ込んできたことに稲村先生は驚いた顔をしていたが……俺の蹴りは片手で受け止められてしまった。


「びっくりした!?」

「俺の方がびっくりですよ!」


 イザベラの能力を借りている今の俺は、通常の人間が魔力で自らの身体能力を向上させる程度では追いつけないぐらいの出力が出ているはずだ。にもかかわらず、召喚士の稲村先生に片手で受け止められるなんて思いもしなかった。


「確かに、すごい力ですけど……大振りで見えやすかったので」


 あぁ……うん……薄々そうじゃないかと思ってたんだけど、やっぱり俺には自分で戦う才能が微塵もないらしい。召喚魔法を使って少しマシになっているけど、根本的な部分で俺は自分で戦うのが向いていないようだ。

 距離を取ってから俺は自身の背中に生えていた翼を消し、イザベラを召喚する。


「……主様、どうだった?」

「全然、駄目だったわ。やっぱりお前に頼ることになりそうだ」

「ふむ……戦いは妾に任せておけ! 主様はどっしりと待っていてくれればよい!」


 なんかそれは情けなくないか?

 上機嫌に笑うイザベラの背中に翼が生え、禍々しい魔力が全身から溢れ出す。

 稲村先生はイザベラが人型で喋っていることに驚いているようだが、驚きながらも召喚魔法は滞りなく進んでいたらしい。


「人型の会話ができる召喚獣……じゃあこっちもちょっと手加減せずに戦うよ」


 稲村先生の雰囲気がガラっと変わった。


召喚サモン。お願いね、白鯨」


 地面を砕きながら出現した召喚獣は……馬鹿でかい鯨だった。

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