第5話 徴収
その巨体からは信じられないぐらいの俊敏性を見せたキマイラ……の上を行く速度で突っ込んでいったイザベラは、キマイラの前脚による攻撃を避けて拳を腹に叩きこんでいた。吸血鬼ではあるんだけど、華奢と言えるような女性があんな風に突っ込んでいって拳を使って戦っているのを見ると、どうしても違和感があるな。
「っ! なんの指示出しも無しにここまでの破壊力を素手で放つなんて……やはり言語を扱うような人型は強い……キマイラっ!」
「ん? 主様、少し離れているといい」
「もしかしてやばい?」
「あぁ……召喚士としては当たり前の話だが、あの男は混合獣に魔法を付与している」
自分で召喚した契約生物にバフをかけるのは、召喚士の基本だ。召喚士はモンスターを召喚するだけではなく、頭を使って戦略を練ったりしなければならないのだが……その中でも最も召喚士として大事な役目が、魔法によって契約生物を援護することだ。直接的な遠距離攻撃で敵を牽制したり、今の遊作のように魔法で契約生物を強化したりするのが基本的な召喚士の戦い方。
「主様、妾に任せろ」
「わかってる」
だが、俺にはその戦い方ができない。何故ならば、俺は遠距離攻撃をすることも支援魔法を操ることもできない、魔術師としてはマジでカスみたいな人間なのだ。だから戦いはイザベラに任せきりになってしまうのだが……そんな俺を主と呼んでくれるイザベラは、丁度いいハンデだと笑っている。
主として不甲斐ないが……今はイザベラを信じて待っていることしか俺にはできない。
「スピードアシスト」
遊作の魔法を受けたキマイラは身体の筋肉を膨張させてその場から姿を消す。同時にイザベラも姿を消し、音を置き去りにして両者が空中で激突した。
「うっ!? アシスト魔法1つでここまで強くなるとは……術者が優秀だから故か」
「速度を上げたキマイラでも対応しきれない!?」
一度の激突だけで距離を取ったイザベラだが、喜色満面の笑みを浮かべたまま立ち上がった。
「面白い……主様、少しばかり本気で行くぞ!」
「あ、あぁ!」
カードを通してイザベラに魔力を与えると、煽情的なドレスのデザインによって剥き出しになっていた背中から漆黒の翼が生えてくる。蝙蝠のような羽根のような見た目でありながら、翼には鱗が生えていた。パキパキと音を鳴らしながら爪が伸び、牙も剥き出しにして完全に戦闘態勢に入ったイザベラを見て、俺も少しぞっとしてしまっている。
イザベラと契約した時に、どんな力を持っているのかは事前に聞いているが……俺も実際に目にするのは初めてのことなのだ。
「パワーアシスト!」
「さぁ……せめて少しは抗ってくれよ!」
普段より好戦的な声色へと変化したイザベラが再び音を置き去りにしてキマイラへと接近していき、魔力の込められた爪による斬撃を放つ。極大の破壊音と共に運動場の地面を削りながら放たれた凶爪に対してキマイラは回避を選択した。
「全力だ、キマイラ!」
獅子の口から極大の火炎が放たれ、地面を焼き尽くしながら俺の方へと余波が飛んでくるが、イザベラが俺の前に移動して結界のような魔法を発動して炎を逸らしていく。
「怪我は?」
「……無い」
遊作と違い、俺はここでただ見ていることしかできず……そしてイザベラに庇われている。自分が特殊な召喚魔法を使えて、イザベラからもすごいと褒められていたことで調子に乗っていたのだろう……決闘だけでこんな無力感を味わうなんて思わなかった。
遊作は確かに、俺と同年代の人間の中で突出した人間なのだろう。何故魔術師になっていないのか気になるほどに優れた魔法のセンス、適切な指示を出すことができる戦術眼、そしてキマイラとの間に見て取れる信頼関係。何処を取っても素晴らしい人間だ。
「イザベラ……ごめん、俺が足を引っ張っている」
「これは主様の初陣なのだ。何事も初めは上手くいかぬもの……そこで折れてもらっては困る」
「わかってる。俺は自分にできる方法で、なんとかしてみる」
俺はまず、この戦いの中で召喚士としての戦い方を学ばなければならない。
召喚魔法は特別だろうし、契約しているイザベラはとんでもない強さを持った存在で間違いないが……俺はそれを使って戦う方法を知らない。しかし、教材なら目の前にいるじゃないか。
「イザベラ、まずは普通に戦って見てくれ……俺が1人で分析する」
「くふ……あぁ、任せておけっ!」
先ほどのように音を置き去りにするほどではないが、高速で移動しながらイザベラは翼を大きく広げて空を飛んだ。
「付き合ってもらうぞ混合獣よ! 主様の為にな!」
空を飛ぶイザベラを視認してキマイラが小さな炎の弾丸を口から大量に吐き出していたが、イザベラはそれを飛行しながら避け……空中に大量の魔方陣を描き出していた。
「人型で言語を操り、身体能力は驚くべき高さで魔法まで操るとは……これほどの存在と、彼はどうやって契約したんだ?」
遊作はキマイラの攻撃に合わせて魔法を放っていた。それは妨害を目的として威力の弱い者でしかなかったが……キマイラはその攻撃を目安として火炎弾を放っているらしい。言葉だけがコミュニケーションではない……魔力の波長以外でもああやってコミュニケーションを取っているのだろうか。
俺の手の中にあるイザベラの契約が刻み込まれているカードには……イザベラの魔力が残っている。契約として使用しているカードには契約生物とパスが繋ぐ役目もあるのだ……だから俺は、このカードからイザベラの感情を薄っすらと感じ取っている。
「楽しそうにしやがって……なにより、俺にそんな期待を向けてくるなよ」
イザベラの心中にあるのは何処までも真っ直ぐな俺を信頼する心。どうしてそこまで俺のことを、と思わないでもないが……そんなものは後でもいい。
「ブラッドムーン!」
ひときわ大きな魔方陣を空に描いたイザベラは、大量の魔力を消費して魔法を使用していた。空中に描かれた魔方陣から赤色の光が滲みだし……球体となってキマイラと遊作へと向かって落下していく。
直感的にあの魔法のヤバさを感じた俺はカードを握りしめてイザベラを止めようとして……カードから俺に向かって魔力が逆流していることに気が付いた。俺の持っている魔力をカードを通してイザベラに渡せるように、カードを通して俺がイザベラの魔力を徴収することもできるようだ。そうとわかれば話は早い。
「やりすぎだ……イザベラっ!」
「えっ!? きゃぁっ!?」
イザベラから魔力を大量に奪い、空の魔方陣を崩壊させれば光の球体は掻き消える。同時に、俺の身体にはイザベラから徴収した魔力で溢れていた。
「ぬ、主様!? いきなり何を──」
魔力を奪われて翼を失い、いつも通りの姿に戻ったイザベラは俺の方を見て動きを止め、遊作も俺の顔を見て目を見開いている。
自分でもちょっと驚いている……まさかイザベラから魔力を徴収したことで、俺に翼が生えるなんて思ってもなかった。
「……決闘は、中止かな?」
「いや、まだ続けられるぞ」
「うーん……僕も続けたいところだけど、ちょっと騒ぎになってるみたいだし」
あぁ……まだ入学式も済ませていない1年生がこんなド派手なことやってればうるさくもなるか。仕方がない……ここは終わっておこう。しかし、俺の背中に生えているイザベラの翼……これは今後に使えそうだ。
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