第4話 初めての実戦
「ハンカチ持った?」
「うん」
「携帯電話忘れてない?」
「大丈夫」
「お金はある?」
「あの……母さん、荷物はもう全部向こうに送ってるんだから大丈夫だって」
なんとか国立魔術総合学園に合格した俺は、寮に大体の荷物を既に送っている。今から行って、荷物を整理してからそこに住むだけなのだが……どうにも母さんは俺のことが心配で仕方ないらしい。
「だって……今まで貴方を1人にすることなんてなかったから」
「大丈夫。俺だってもう高校生なんだよ?」
「そう、だけど……」
「今まで俺のことを育ててくれてありがとう。家からはちょっと離れるけど……まだ俺は母さんの庇護下にあるから、これからも迷惑をかけるかもしれない」
「いいのよ。私にとっては貴方たちだけが……家族なんだから」
母さんは俺と妹に対して過保護なのだ。
原因ははっきりしていて……妹が生まれた直後に父が交通事故で他界して、母さんは女手一つで俺たち兄妹を育ててきてくれた。だからこうして俺と妹のことになると過保護になるのだが……俺だっていつまでも母さんの負担になっていられない。
俺が国立魔術総合学園を目指していた理由の1つは魔術師に憧れていたからだが、もう2つほど理由がある。
1つは……国の補助金が入って学費が安く済むこと。国がモンスター退治を行える人材を増やしたいと思っているので、国立魔術総合学園に入ろうとする人間には多額の補助金が支払われる。
そして、もう1つの理由が在学中に召喚士や魔術師の免許が取れると言うこと。この2つの免許は……持っているだけで簡単に働くことができる。それこそ、在学中に申請すれば見習いのモンスター退治屋として働くこともでき、バイト以上の金額を稼ぐこともできるのだ。俺は在学中になんとかその資格を取り、母さんの負担を減らしてやりたいと思っていた。
「お母さん、心配しすぎ。お兄ちゃんはなんでも結構器用にこなしちゃうの知ってるでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「はは……桃、母さんのこと頼むな」
「うん」
俺はそれだけ言って、家を出た。
既に何度も言葉は尽くした……家族のことを信頼しているからこそ、何時までも喋っている必要はない。
学生寮に着いた俺は部屋の鍵を寮長から受け取って、扉を開く。
「や」
「……お前と一緒の部屋かよ、チャラ男」
「チャラ男って……酷いな」
扉を開けた部屋の中には既に先客がいた。基本的にこの寮は1部屋2人の相部屋で、俺の相手は……試験で受験番号が前後していたイケメンチャラ男の吉田遊作のようだ。
「今岡って呼んだ方がいい?」
「別に好きなように……呼びやすそうだから俺はお前のこと遊作って呼ぶ」
「なら僕も君のことは俊介でいいかな」
名前呼びか……こんなイケメン野郎と仲良くできるものかと思ったが、向こうの性格が良さそうだから意外と上手くやっていけそうな気がする。
「俊介、君にあったら話したいことがあると思ってたんだよ」
「……召喚魔法についてだったら、俺も詳しくは知らないぞ。たまたま見かけた方法でやったら上手くいっただけだからな」
「そう、か」
遊作が俺に対してなにを質問したかったのかなんて、考えればすぐにわかる。そもそも、試験会場でしか出会ってないのだから……それ以外の質問が俺にある訳がない。
「うーん……ねぇ、ちょっと手合わせしない?」
「なにで?」
「勿論、魔法で」
「はぁ……言っておくが、俺は滅茶苦茶弱いからな」
自慢ではないが、魔術師としての才能は空っぽとして評価された人間だ。俺には魔法で戦う才能がない……それは純然たる事実であり、このイケメン野郎遊作と真正面戦えば一瞬で叩きのめされるのはわかり切っている。
「いや……召喚士として、だよ」
「……いいぞ」
だが、召喚士としてなら別だ。
俺は今まで、自分以外の召喚士と出会ったことが無い。なので遊作の実力を確かめることで周囲の実力を推測したいと思った。だから……召喚士として戦うのならば大歓迎だ。
遊作が簡単に許可を取ってきてくれたので、寮から程近い場所の運動場へとやってきた。
「第14屋外運動場って……どれだけ広いんだよこの学校」
「ね、僕も初めてこの学校に来た時は驚いちゃったよ」
準備運動をしながら軽口を叩き……そのまま距離を取って向かい合う。
「召喚士の決闘は互いが契約生物を召喚してから始まる」
「なんでルール確認?」
「だって君、あんまり召喚士について詳しくないでしょ?」
バレてるな……まぁ、自分がどれだけ非常識な召喚魔法を使っているのかわかっていない様子を知られているのだから、それぐらいは推測だけでもわかるか。
「君の力は未知数だから、最初から全力で行かせてもらうよ。
遊作の魔力によって召喚されたモンスターは……獅子の頭に山羊の身体、そして竜頭が尻尾のように生えている混合生物。神話に語られるキマイラで間違いないだろう……とんでもないものを召喚しやがる。
召喚されたキマイラは4本の足で大地を踏みながら、獅子の雄叫びを響かせる。空気がビリビリと震え、全身から発せられる魔力の衝撃だけで強風が周囲を吹き荒れている。体長は……4、5メートルってところか。
「
遊作は最初から全力だと言っていた。ならば、こちらも相応の力で戦わなければ失礼になる……だから俺は、簡単に召喚できる中で最強の手札を切る。
手の中に現れたカードに描かれているのは妖艶な美女……イザベラだ。
「人型……しかもそんなあっさりと召喚するなんてね」
「人型は難しいのか?」
「そんなことも知らないのか。人型は魔法生物の中でも契約し難い存在だとされている……何故ならば」
「そこらの獣より格が高く、下手をすれば契約しようと召喚した存在にまで牙を剥くから……であろう?」
言葉を遮ってイザベラが口を開く。
遊作はイザベラが口を開いて言葉を発したことそのものに驚きを隠せないようだ。
「……やはり君は、僕が超えるべき存在だ」
「なんかよくわからないうちにライバル宣言されたんだけど」
「いや、どちらかと言えばあれは主様を格上に見ているだろう。つまり、壁として認識されているのだな」
えー……同級生の天才なのに?
「さぁ……決闘を始めよう!」
遊作の合図と共に、キマイラとイザベラが同時に大地を蹴った。
え、遊作はキマイラに指示を出してたのに、イザベラは勝手に突っ込んでいったんですけど……俺、いる?
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