決断 二





 白戸総合病院は院内に飲食店があるし、コンビニも導入されている。だから、昼飯や夕飯、朝食に困ることは無い。


 飲食店の味やサービスの質は中々のものであり、入院患者やその家族の間でも評判はかなりいい。もちろん病院で勤務している人たちにも好評だ。そう言う俺自身もまたこの飲食店を気に入っており、時間がある時はそれらを利用したりもする。白衣を着たままだと恐ろしいほど悪目立ちするので、自分は着たまま店内を闊歩するのは控えているけど、そういうのを全く気にしない奴もいる。所謂『鉄の循環器』を持っているのだろう。そいつの名前、「杉原瑞樹」っていうんだけどさ……。


 そう言ったワケで、と言うワケでもないが、普段よりも比較的忙しくなかったということもあり、いつもはコンビニ飯で済ませているところを、今日は是非とも店に入って腰を落ち着けながらの昼食にありつくこととしようと考えた、


 というワケである。


 とはいえ、今の俺に、呑気に飯を食って味に舌鼓を打っている余裕などない。ここには休憩がてらに今回の作戦を練りにきただけなのだから。


 ずばり、「何故ループした?」ってことだ。


 まず考えられるのは、今朝の老人である。俺が見る限りでは、彼が、俺の受け持ちの患者の中では最も不健康だった。老人の診断は散々だった。俺が処置した脳出血の他に、肺炎に脱水、肺水腫、貧血、腎不全など、不健康でない部分を探す方が大変なほどである。正直、初見では手遅れもいいところだ。


 だが、じゃあ、ループの始まりから終わりである二十四時間という時間以内に彼が死ぬのかと言われると、それはわからない。


 何故なら、現代の生命維持装置は極めて強力だからだ。


 医療技術の進歩により、本来なら死を待つばかりの肉体でも、十分に延命させることが可能なのだ。今すぐ死にそうだし、実際、ほどには弱っている。だが、脳の再出血さえ起きなければ、とりあえずは確実に延命できるはずだ。


 さて、どうするか。


 脳以外の所もきっちり調べたいけど、俺の専門外だからな。


 チームの協力を得られれば何か進展があったかもしれないが……。竹中さん率いるチームは老人の治療を打ち切った。というよりも、既に治療は終わった、という考えらしい。


 俺も、もしループなければ、彼らと同じ判断を下したのだろうけど。実際『一週目』ではそうした。


 だけど、おそらく今回のループの起点は彼なのだ。彼を救わなければ俺のループが終わらない。しかし、当然だけどチームは俺の個人的事情など知ったことではない。彼らは各々が専門としている科のプロフェッショナルだし、彼らの全面的な協力があれば、老人の身体に潜んでいる未知の病気をあぶりだすことが、或いは可能かもしれない。だけど、その彼らの全面的な協力は、得られない。彼らには他にも見なくてはいけない患者が多くいるし、老人を積極的に治療しなくてはいけないもっともな理由を説明することが、俺にはできそうもなかった。


 正直、八方ふさがりだ。


 少なくとも、俺にできる最大限の治療は既に施している。これ以上できることは、少なくとも俺個人では、もう無さそうだった。


 でも、俺一人でやるしかない。脳以外の臓器も徹底的に調べる。CTやMRIなども撮れるだけ撮る。感染症の線も追ってみるか。とにかく、できる以上の努力でもって、ループの原因を探るのだ。ウェイターが運んできたSサイズのピザを口に頬張りながら、俺は決意を新たにするのであった。







 杉原瑞樹は会議室の扉を勢いよく開けると、どかどかと足音を鳴らして、どっかりと椅子に座り込んだ。その数秒後に部屋全体に響き渡るほどのをした。


 いちいち立てる音の激しさとデリカシーのなさに、会議室にいた福良美嘉と竹中花堂は顔を顰める。特に福良美嘉は杉原に対して憎悪にも似た感情のこもった目で彼を睨みつけていたのだが、杉原は知ってか知らぬか、あくまでも素知らぬ素振りのまま、呑気にも大きなあくびをした。


 それから、天井をぼんやりと見上げていた竹中に、


「竹中さん、安藤の奴どこに行ったか知りませんか?」


「アイツなら、まだ今朝の患者の元だよ。何が気になってるのか知らんが随分な執心ぶりだった」


「あの、馬鹿」


 杉原はいら立ちが隠せないのか、舌打ち交じりに、


「今日はやけに忙しいってのに、一人だけサボりやがって」


「サボってはないけどな。ちゃんと他の患者も見てたよ、アイツ」


「あんな老人にかかりっきりになりやがって。チームの仕事ってもんがあるでしょ。大切なのはチームワークですよ」


「そうだよな、チームワークってか、他人を思いやる心が必要だよな。チームには」


「そうっすよね!」


 竹中は呆れたように首を振った後、杉原から視線を外して、福良の方へと向いた。


「最近、様子が変だよな。安藤の奴。福良さん、何か知ってるか?」


「……知りません」


 福良はそれだけ答えると、颯爽と会議室を後にした。部屋を出る際に、杉原にギロリと一睨み入れるのを忘れずに。


 杉原はなぜ自分が睨まれたのか分からず、肩をぶるぶると震わせながら、


「なんかアイツ、不機嫌じゃありませんでした? ホントいけ好かない女ですよね。女なのに愛嬌がないってホント最悪ですよ」


 杉原はそう言うと、キリキリと威嚇するように歯を鳴らして福良が出ていった扉を睨んだ。


 やれやれ。


 上司は辛いよ。


 竹中は眉間に手を当てて、深くため息を吐くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る