22:30『庶務課』-『営業課』


 ツイてない!



 とことんツイてない!



 最低だ!



 最悪だ!



 何で会社に財布を忘れるんだろうか!



 しかも何でその事に駅に着くまで気付かないんだろうか!



 ツイてない!



 本当に今日は――。



「あったし!」


 守衛さんに言って入れてもらった会社の自分のデスクの上。



 ちょこんと置かれたあたしの財布。



 ツイてない今日の、最後であって欲しいツイてない出来事。



「何でこんなトコにいるの!」


 頭から煙が出そうなくらいのイライラに、財布に八つ当たりの質問をぶつけたところで返事がある訳もなく。



 確実にお昼休みのあと、財布を出しっぱなしにしておいた自分が悪い。



 そうとは分かってるけど、余りのツイてなさに募るイライラをどこかにぶつけたい。



 そう思ったから近くにあったゴミ箱を蹴っ飛ばしたら、



「いったああい!」


 誰かが重量のある何かを捨ててやがったらしく、足先に大打撃を食らった。



 いやもうマジで、何でこんなにツイてないの!?



 一年分の不運が一気に襲ってきたって感じがする!



 でもだからって今後一年幸運だって事でもないし!



 何なら当分独り身で、寂しい日々を過ごすんだし!



「マジやってらんない!」


 虚しい独り言の文句を言いながら庶務課を出ると、来た時同様廊下は真っ暗。



 それがまたイライラする。



 電気くらいちょっと点けてくれてもいいのにって思う。



 守衛さんは意地悪だ。



 プリプリしながら非常灯の明かりを頼りに廊下を進み、唯一電気が点いたままの非常階段へ向かう。



 何のつもりか二十二時になったらエレベーターまで停めやがるこの会社は、絶対に絶対にバカだと思う。



 残業してる人がいたらどうするつもり!?



 遅くまで残って仕事してる人に階段で帰れとでも!?



 あたしみたいに忘れ物をする人だっているんだから、エレベーターくらい二十四時間動かしとけって――。



「…………ん?」


 非常階段がある突き当り。



 何気に左の方へ目を向けたあたしの視界に、細い明かり。



 漏れてくるその明かりは、多分きっと「営業課」。



 そう思ったあたしの足は自然とそっちに向かってた。



 そんな気がしたんだと思う。



 そうだろうって半分確信があった気がする。



 だって夕方からずっとあたしの仕事を手伝ってて、外回り以外でも色々仕事があるらしい営業の仕事が何も出来てない。



 だから残業してるのは——。



「…………」


 やっぱり天川智明だった。



 誰もいない、冷房の切れられたオフィスで、ワイシャツ姿のまま資料だか書類だかを見ている天川智明。



 あたしの仕事を手伝うから、残業する羽目になったであろう天川智明。



 何で手伝ったりしたんだろう。



 自分の仕事後回しにしてまで。



 何で手伝ってくれたんだろう。



 彼女との約束があったのに。



「…………」


 声を掛けるべきか迷った。



 声を掛けるにしてもどう言えばいいのか分からなかった。



 あたしの所為?って言うのも違う気がした。



 別にあたしは手伝ってって頼んでない。



 でも手伝ってくれたのは事実で、だから思ったよりも作業が捗って――。



 やっぱり何を言えばいいのか分からない。



 だから見なかった事にして、このまま帰った方がいいと思った。



 明日、一言「昨日はありがとうございました」とお礼を言えばいいかと思った。



――けど。



「あれ? 水戸さん?」


「な、何してるんですか!?」


 見つかったからには無視する事も出来なくて、「営業課」のドアを大きく開けたあたしは、ズカズカと中に入っていった。

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