14:10『廊下』
「…………倉庫行ってきます」
昼休みが終わってすぐに倉庫――って訳じゃなく、しっかり他の仕事もさせられてから倉庫に行かなきゃいけなかったあたしは、何とか言われた仕事を片付けて、重い腰を上げた。
もしかしたら「もういい」って言ってくれるんじゃないかって、チラリと課長を見てみたけど、課長は何だか忙しいらしく、こっちを見ようともしない。
「…………」
最悪だ。
在庫整理なんてひとりで出来る訳がない。
しかも倉庫は冷房がないし、行けば瀕死になる事間違いない。
でも行かない訳にはいかない。
言われた仕事はやるしかない。
それが社会人であり、会社勤めだ。
なんて、自分に言い聞かせて庶務課を出ると、すぐ更衣室にタオルを取りにいった。
もうマジでやる気にならない。
出来れば早退してしまいたい。
だけど早退したところで、家でウジウジしちゃうなら、まだ嫌々でも仕事をしてた方がマシなような気がしないでもない。
全部、天川智明の所為だけど。
何もかもが天川智明の所為だけど。
天川智明さえいなければ、こんな事にはならなか――。
「水戸さん!」
「…………」
厄日だ。
本当に今日はとことん厄日だ。
掛けられた声に振り返ると、こっちに駆け寄ってくる厄――天川智明の姿。
今度は一体何だっての!
何であたしに構うのよ!
今まで通り、何の関係もなく、会社でたまに姿を見るくらいの間柄に戻れるんじゃなかったの!?
なんて思っても、大人な態度を貫くと決めて。
「よかった! 今、そっちに行こうと思ってたんだよ!」
「……何か?」
目の前で足を止めた天川智明に、奥歯にものが挟まったような言い方をした。
「朝貰った名刺、誤りがあるんだけど」
「そうですか」
「天川智明の『智明』が、『知明』になってる」
「へえ」
「いや、『へえ』じゃなくて間違ってんだって」
「それはそれは」
「作り直して欲しいんだけど」
「えっとですね、天川さん」
「ん?」
「あたしの指を見て下さい」
「指?」
「いいですか? ここ、この廊下を向こうに行くと、突き当りがあるでしょ?」
「……は?」
「ほら、あそこ。突き当りになってるでしょ?」
「…………ああ」
「あの突き当りを右。右です。こっちね。曲がるんです。で、そこから真っ直ぐ行って三つ目のドア。いいですか? 三つ目ですよ? そこが庶務課です」
「…………」
「ね?」
「…………」
「庶務課」
「…………」
「言ってみて。“庶務課”」
「…………“庶務課”」
「そう! 庶務課。そこに行けば手配してくれます」
「……あのさ? 俺、忙しいんだけど」
「あら、奇遇。あたしも忙しいんです」
「庶務課の水戸さんが手続きしてくれれば早いと思うのは俺だけ?」
「そうですね。そう思うのは天川さんだけですね」
「…………」
「あたし今からとっても重要な仕事があるんで、天川さんの名刺に構ってられないんです」
「重要な仕事?」
「この会社にとって、とっても重要な仕事です」
「え?」
「あ、詳しくは言えないんです。ごめんなさい」
「は?」
「という訳で失礼します」
「へ?」
「三つ目のドアですよ。お忘れなく」
勝った――と思った。
今回こそは勝ったと思った。
天川智明に背を向けて、スタスタと歩いていくあたしの後ろ姿は余裕に満ち溢れ優雅だったに違いない。
これぞ、大人の対応。
これこそ、大人的な嫌がらせ。
今日一番胸がすっきりとした瞬間。
きっとここからあたしの運気は上昇する。
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