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侯爵夫妻への面会と報告は、ほんの数分で終わった。

授かった技能を伝え、荷造りの作業が終わり次第出ていくことを告げるだけだった。

侯爵夫人から餞別として、下級貴族が利用するくらいの宿に20日は泊まれるだけの金銭を渡された。間違いなく手切れ金であるが、侯爵家を脅かさないように気を遣って過ごしていたことを評価しての報酬でもあったという。


「お前はわたくしから見れば何の繋がりもない他人ですが……子を持つ親として、寝覚めの悪い思いをしたくはありませんので」


「錬金術であれば、一人で生きるに十分な技能ではあろう。我が家の名を使うことは生涯許さぬが、息災でな」


身内に対するには冷淡だが、他人に対するには情のある言葉だった。

感謝を述べて深く頭を下げると、クロードは屋敷を後にした。




離れのに戻れば、荷造りは殆ど終わっていた。持ち出し許可が出るかどうかわからないものは手付かずだったが、出ていくことがわかっていたのであまりあちこちに物は置かないようにしていたのだ。


部屋に残されていた手紙は、アルドとメリアからだった。家庭教師の授業を受けるため、見送りできないことを悔やみ詫びる内容であった。

手紙と共に用意されていた衣服は丈夫そうで見目も良く、商家の子どもくらいには見えそうな装いで。

思わず二度見してキャリスに助けを求めてしまった。当然ではあるが、諦めろとばかりに首を横に振られて終わった。


侯爵が母へ与えた装飾品は先ほど挨拶した際に「金銭に変えて良い」と許可されたので、換金のために集めた。最終確認はそれくらいだ。


母が常に身に付けていた紅玉のピアスだけ、形見として手元に残すことにした。

耳に穴を空けるのは少々勇気が必要だが、身に付けるのもいいかもしれない。


あとの物は新天地で買い足すなり作るなりすればいいだろう。


「身分確認ができないと、町の外には出られないよね?身分保証の方法は何があるのかな」


「まずは冒険者登録ですね。戦闘技能がなくても登録可能ですし、テイマーとしてなら従魔はこれから探すと言えば納得されるでしょう。

 クロード様の目標は錬金ギルドですが、そちは徒弟制度が根付いているので何らかの成果物を持ち込まなければ登録できません」


「ありがとう、キャリス。では、冒険者登録には一人で……」


「いけません。低ランクの冒険者には荒くれ者もおりますので、シオンをお連れください」


「そうです。何のための護衛ですか。

 何度でも申しますが、クロード様に何かあればアルド様が暴走しますからね。手がつけられないので勘弁してください」


護衛を付けて冒険者登録する者など聞いたことがない。が、兄の名を出されるとクロードは弱い。

自惚れるわけではないが、兄がクロードを思う気持ちには幾度となく触れている。キャリスに「お嬢様も泣きますよ」と言われたのがとどめとなった。


「わかりました。シオン、同行をお願いします」


「かしこまりました。キャリスは仮住まいの準備をお願いします」


冒険者然とした軽装のシオンと町娘のような装いのキャリスに挟まれ、荷物はキャリスに取り上げられた挙げ句手を繋がれる。

12歳は準成人扱いなのにと、クロードは若干自分の扱いに疑問を持つのであった。



連れ立って侯爵家を出れば、衛兵が即座に門を閉ざす。

最後に三人で屋敷に向けて深く頭を下げると、あとはもう振り返ることなく市街地へと向かった。

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