2

兄と姉、そして彼らの息がかかった身の回りの者たちの庇護の下、とうとうクロードは12歳の誕生日を迎えた。


幾度か侯爵夫人から様子を伺われることはあったが、所詮は夫が飼っていたペット(侯爵本人も公式に愛人と認めてはいない)の息子。

魔法関係の技能が授かれば宮廷魔導師に推薦される可能性もあるが、侯爵家の人間とは扱わず家から出すことは決められている。

そのためあまり細かく探ることもなく、家を出るための準備をしていると報告を受けては「それならばよい」と立ち去っていた。

アルドとメリアがクロードに目をかけていることは、本人たちが上手く隠していることもあって気づいていないようだった。




正午には教会から司祭が訪れ、授けの儀と呼ばれる技能鑑定を受ける予定だ。


「どのような技能を授かったとしても、この先は自分の力で生きていくことになります……。皆様、これまで本当にお世話になりました」


クロードの誕生日を祝うため部屋に集まってくれた面々(当然のように異母兄姉まで同席している)に、丁寧に頭を下げる。

一部の者たちは涙を浮かべているが、笑顔で首をかしげる者もいた。


「クロード様、キャリスはこの先もご一緒しますよ?町で生活するとなれば新しく覚えることも増えますし、お一人では手が回らないでしょう。宿暮らしではないのですし」


読み書き計算等を教えてくれていたメイド(こちらは姉が付けてくれた世話役である)が、前々からの決定事項であるかのように告げる。

宿暮らしのつもりでいたクロードが、意味を理解できないうちに話が進む。


「仕草や言葉遣い、身形のよさは誤魔化せるものではありません。当然、侯爵家を出てからも護衛は必要です。今後もどうぞ私にお任せを」


兄が付けてくれている騎士シオンが、真面目な顔で言ってからそっと耳打ちする。


「ここは私的な場なので申し上げますが、クロード様に何かあればそこの次期侯爵様がポンコツになりますので……逐一クロード様のご様子を伝えなければまともに仕事をしてもらえません」


「聞こえているぞ!!」


クロードに小さくウインクしてみせた青年は、兄に向けては肩を竦めてため息を返した。

この二人は幼い頃から勉学も剣も共に学び過ごしていたので、公の場でなければ随分と気安いのだ。


「コホン……シオンの軽口は置いておくとして。司祭殿にはこちらまでご足労いただき、父上は立ち会わず事後報告だけとのことだ」


「お母様は報告が終わり次第準備を整えて、遅くとも明日の朝には敷地を出るようにと……クロードの授かった技能に合わせて屋敷の内装を整えるので、暫くは借家で我慢させてしまうわ。ごめんなさいね」


「屋敷……?借家……?あ、あの……ぼくは侯爵家を出たら一人で自活するのでは……」


困惑するクロードに兄妹はまさかと笑顔で首を振る。


「いつでも会いに行けるところにいてください!!」


口を揃えて言う兄妹は、大変真剣な顔をしていた。



そうこうしているうちに約束の時間となり、侯爵夫妻の目がないのをいいことにこのまま兄妹たちも揃って司祭を迎えることになった。



「はじめまして、この度の授けの儀を担当するヴェルダと申します。階級は大司教ですがこの場ではお気になさらず。

 ご事情は聞き及んでおります。教会は個人の情報を決して口外しませんのでご安心ください」


「だ、大司教様にお越しいただけるとは……!!」


緊張して背筋を伸ばすクロードに、好好爺然とした白ひげの大司教がゆったりと微笑む。


「ほほほ……将来のかかることですからな、できるだけ正確に素質を読み解いて欲しいとお願いされました」


そう言ってアルドの方にいたずらっぽく笑みを向けると、周囲がアルドに生暖かい視線を向けた。

そちらには構わず、儀式の流れの説明が始まる。


曰く、技能は生まれ持った資質と本人の気質、これまでの鍛練等によって培われたものが評価されて既に備わっていること。

曰く、司祭はそれを神の目を借りて読み解き本人に伝えていること。本人が自覚しなくては備わった技能を上手く扱えないために、儀式を経てから才能を発揮するのが一般的らしい。

曰く、技能は大きく変化することはないが努力によって成長するので、後にそれを教会で確認するときは寄付金をいただきたいこと。


すべてに納得と了承を返したところで、技能を読み解く儀式が始まる。

とはいえ、クロードは口を開かずただヴェルダの前で座って待つだけなのだが。





「ふむ。クロード様は、人ならざるものと心を通わせる才能がありますな。これはテイムの技能です。

 そして、錬金術の技能も授かっています。製薬や合金といった、幅広い生産技能ですな。

 荒事には向かないようで、攻撃魔法や武器への適性はなさそうです。僅かですが回復魔法の素質があるようなので、初級の治癒や解毒なら使えるようになるかもしれませんね」


何らかのスキルだろうか、青く輝く目でしばらくクロードを見つめていたヴェルダがようやく口を開く。


「ありがとうございます。町でもいろいろと調べてみようと思います」


「錬金術師は弟子以外には技術を秘匿する傾向がありますから、大まかに書物を調べたらあとは自分で試してみる方が多いですな。

 テイマーがどんな生き物と契約できるかは相性次第なので、他人は参考になりませんな。心が通じたと思った相手を長く大切にするとよろしいでしょう。

 回復魔法に関しては有料の講習会を教会でやっております。すぐにとはいかないでしょうが、習得するつもりがあればご一考くだされ」


簡単な助言を受け、丁寧に礼を伝える。

それでは、と頭を下げるとヴェルダは去っていった。




「テイム、そして錬金術か……温室と、火や薬品を扱う作業室が必要だな」


「小さなキッチンの他に業務用の厨房がありましたので、そこを改装しましょう。庭は装飾を失くせば大型魔獣でも遊べそうです」


「要望書に書き加えよう。それくらいなら2~3日で済むはずだ」


手配されている屋敷の内装がクロード抜きで決まっていく。そもそも、屋敷が手配されていることすらクロードはまだ受け入れられていない。

ともあれ、授けの儀が終わった以上はゆっくりもしていられない。

荷造りを済ませて侯爵に報告をしたら、朝までにここを出なくてはならないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る