錬金術師の充実スローライフ
山口いずみ
1.プロローグ
母が亡くなった。心臓の病だった。
6歳の子どもにとっては、世界を失ったも同然の出来事だった。
リーベル王国、コスタンツィ侯爵家の敷地内。離れの小さな邸宅に残されたクロードは、これで自分は一人になったのだと悟った。
父が付けた世話役はいる。家を整える使用人もいる。それらはすべて、父が母のために整えた環境だ。
侯爵はクロードに、父と呼ぶことは許した。しかし、侯爵が気にかけていたのは母だけだった。
クロードの容姿は、銀髪に翡翠色の目。母に生き写しではあったが、侯爵の気を引くことはなかった。
侯爵は屋敷に住まう奥方様とその子どもたちが何より大事で、クロードの母のことは愛玩動物扱いだった。
愛でていたペットに産ませた(正確には、産むことを許した)子ども。その程度の認識でしかない。
クロードと自分に血の繋がりがあることは理解していても、侯爵はペットが産んだ子どもには特に興味はなかった。
侯爵の髪は金色。目は銀灰色。クロードに侯爵と似た要素がどこにもないことも、繋がりを感じない要因かもしれない。
「神が技能を授けてくださる、12歳までだ。それまで、この小屋に住むことを許す。
今までどおりに世話人も付けておこう。それ以降は町に下りて自分の力で生きていきなさい。」
母の遺体を大切に抱えた侯爵は、クロードを見下ろしそう告げた。
母と二人でも広かったこの邸宅は、しかし侯爵から見ればペットに与えた小屋であったのだ。
「はい、侯爵様。感謝申し上げます……。」
拙くも懸命に述べた言葉に満足そうに頷く姿を見て、これからは侯爵を父と呼ぶことも許されなくなったのだと悟った。
ひっそりと、しかし手厚く葬られた母は、侯爵が愛玩動物のための小屋と定めた家の庭に、小さな墓を建てて頂いたのであった。
葬儀の日の夜。小屋を訪ねる人があった。
クロードにとって異母兄である侯爵子息、アルド=コスタンツィ。若き日の侯爵に生き写しと言われる、金髪に銀灰色の目をした意思の強そうな美少年だ。そして異母姉である侯爵息女、メリア=コスタンツィ。彼女の母である侯爵夫人と同じ亜麻色の髪に、侯爵と同じ銀灰色の目の勝ち気そうな美少女である。
異母弟と会って話す。そのためだけに彼らは自分の息のかかった使用人たちをこちらの(侯爵が小屋と呼ぶ)邸宅に集めていた。
実は母親の生前から、クロードの知らないところで身の回りは侯爵の目が直接届かないよう固められていたのだ。
そうして兄妹たちは時間を見つけては、料理や菓子や遊び道具を持ち寄って入り浸っていた。
クロードの母に対しても「クロードは自分達の弟なのだから」と、父の愛人と言うよりは年の離れた姉のように親しくしていた。
兄姉たちと付き合いの深い者たちは、彼らのブラコンぶりに苦笑しつつも全力で協力している。
閑話休題。
忍び込んできた二人は、部屋に入るなり力強くクロードを抱き締めた。
「クロード、今夜は私たちと共に過ごそう。心配はいらない。護衛たちに話は通してきた」
「お母様とクロードは他人でも、私たちは血の繋がった姉弟なのですからね……!!」
侯爵はもう、クロードが彼らを兄とも姉とも呼ぶことは許さないであろう。しかし彼ら自身はクロードを弟として扱うという。
今夜ばかりは、その優しさに甘えてしまいたかった。
「アルド兄様、メリア姉様……うぐっ……うえぇ………!!」
母は侯爵にとっての自分の立場をよくわかっていた。
自分がいなくなれば、クロードがここにいられなくなることも予想していたはずだった。
年若い侯爵家の兄妹たちに、幼いクロードを押し付ける心算もなかったようだ。
平民として生きていけるように、であろう。
身の回りのことを自分でできるようになれと言い聞かされていた。そう遠くないうちに、母はクロードを置いて逝くことになるのだから、と。
だから、飲み込まなければいけない。受け入れて、前を向かなくてはいけない。
泣くのは、今だけ。
半分しか血の繋がらないクロードを弟と呼んでくれるこの人たちが、抱き締めてくれている今だけ……。
残された6年の間に、クロードは生きていくための力をつけなくてはいけないのだ。
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