第21話『罪は暴かれる』

 バーチャルYouTuberとは、ここ数年で目をみはる程の成長を見せて、日本どころか全世界が注目するデジタルコンテンツだ。デジタルモデルの新たな身体を動かし、雑談ないしゲームのプレイ風景を配信する彼ら。その数は優に一万人を超え、日々YouTubeと言うプラットフォームで彼らは人々を楽しませている。

 私の恋人である桐崎星奈もそのうちの一人。星屑セナという新しい身体を持ち、毎夜配信で人々を笑顔にしている。

 懸命な努力によって磨かれた技術と、持ち前の明るい性格で彼女は多くの人々から愛され、個人で活動し始め三年程が経過した現在、彼女のチャンネルの登録者数は五十万人。驚異の数字だ。彼女の途方も無い頑張りは報われた。彼女は自分の手で、その境地まで辿り着いたのだ。


「……えっ? 今、なんて」

「終わりにしよう、星奈」

「おわ、り……って、どう、いう」


 先程までにこやかに破顔していた彼女の顔が、一気に薄暗く曇ったのが分かった。その大きくてまんまるな目を更に大きくさせて、困惑の表情をありありと見せる彼女。

 一体何を言っているのか、本気で分かっていない彼女の態度に、私はグッと疼く胸の痛みを自覚しながら、緩慢な呼吸を繰り返す。


「もう、恋人関係を終わりにしよう」

「…………はっ。な、んで?」

「私、星奈には相応しくないから」


 愕然と星奈は言葉を失う。

 瞠目し、口を開けて私を見つめる彼女の目が不安定に揺蕩う。彼女の身から溢れていた輝きが、音を立てずに消えていく。星奈の薄い呼吸音が部屋の中で静かに響き、私の中で轟く心音が予想外にも落ち着いている事に気が付いた。


「相応しく……な、い?」

「そうだよ。私は星奈には相応しくない。だから、別れよう」


 ひゅっと、星奈が息を呑んだ。今にも倒れそうな風貌で、彼女は半歩後退り。けれども彼女の目はしっかりと私を捉えたまま、離さない。透明な膜が張られた眼差しが、私を真っ直ぐに射抜いている。


「な、は……や、だ。いや、です。いや……やだ……」

「ごめんね」


 揺れていた双眸そうぼうから、はらりと小さな雫が落ちる。ふるふると顔を横に振り、涙を流し始めた星奈は、縋るように私の服を掴んだ。


「いや、いやいや……わかれ、ない、ですっ……」「……ごめん、ごめんね」

「なんで……なんでっ、そんな事! あたし、ずっと……ずっと先輩、の、事……好きだって言ってる!」


 ぎゅっと私に抱きついて、涙声で叫ぶ彼女。

 キリキリと、心臓が痛む。星奈の涙を見る度、私の本能が「お前は何をやっているんだ」と、謗る。

 「早くさっきの発言を訂正しろ」「彼女を泣かせるな」「星奈の恋人としての役割を果たせ」

 なんて警鐘を鳴らす内側。だけど、胸に宿した決意はもう……揺らがない。


「ごめんね」

「っ! ……ふ、相応しくないって、何? 相応しい、とか……相応しくない、とか。そんな理由で、別れるとか……意味分かんない!」

「……でも実際、私は星奈の恋人じゃ相応しくないから」

「なに、それっ! 勝手にそんなの、決めないでよ! それ、決めるの、貴方じゃない!」


 涙で濡れた彼女の眼が、私を穿うがつ。心の裏側まで覗かれてそうな程に、愚直な眼差しが私を射抜いている。

 彼女は怒っていた。今まで見た事がない程に、憤っていた。目を吊り上げ、私を睨み、私に噛み付く。私の言葉に食い下がり、駄々を捏ねるかの如く叫ぶ。


「先輩以外に、あたしのっ……こい、びとは……いないのにっ!」

「そんな事ないよ。今はそう思うかもしれないけど、絶対に星奈には素敵な人が現れる」

「っ! なん、なんでっ、そんな、ことっ! 先輩以上に、素敵な人が……あたしが、好きになる人、現れるわけないじゃん!」


 酷く酷く傷付いた顔をして、星奈は言う。

 ボロボロと大粒の涙が彼女の頬を伝い、私の服にシミを作る。ハッハッと過呼吸気味の息遣いで、しかし星奈は必死に吠え、胸倉を掴み掛かる勢いで私に迫った。


「好きっ、好きなの! なんで、伝わらないのっ!? 好きって、愛してるって、言ってんじゃん!」

「うん、そうだね」

「あたし、あた、あたしっ! 先輩しか、好きじゃない! 先輩しか、好きになれない! 今までも、これからも、ずっと……ずっと! あたしには先輩しかいない!」

「……ごめんね」


 彼女は口にする。私の事が好きだと口にする。まるで私が、大層素晴らしく、素敵な人間であるかのように彼女は説く。私以上に優れた恋人はこの世に居ないと、言わんばかりに彼女は声を荒げる。


「……な、んで。謝るの」

「星奈を傷付けてるから」

「〜っ! それが分かってるなら、あたしの気持ちも、分かって、るんでしょっ!?」


 星奈の指摘に、私が口を噤む。

 その問いに何と答えるべきなのか、分からなかった。

 普段通り、星奈の恋人としての適切な応答は思い付く。数年、星奈と恋人関係を結んでいたのだ。分からないはずがない。彼女が今、求めている言葉が何か、理解している。

 だけど、それではダメなのだ。彼女にまた縋り付いてはダメなのだ。

 「変な事言ってごめんね」「星奈の気持ち、伝わったよ」「これからも私と一緒に生きて」

 そんな台詞を宣う事は、簡単だ。きっと私がこの台詞を言えば、彼女はグスグスと泣きながらも、私を許して再び受け入れてくれる事だろう。容易に想像がつく展開だ。今までずっとそうしてきたのだから、分かるに決まってる。


「それでも、ダメだよ」


 ダメだ。そんなのダメだ。それじゃダメなんだ。

 優しい世界で、生温い関係性で、私を必要としてくれる星奈の隣で、生きるのは。私を否定しない、私だけに都合が良い、彼女の側で生きるなんて。

 あっては、ならないんだ。


「私にはもう、星奈の側にいる資格がない」

「……は? 資格……って」

「いや違うな。最初から資格なんて無かった。気付いていたのに、気付いていないふりをして、ずっと星奈の優しさに甘えてたんだ」

「先輩? 何、を……言って」

「アンタが私を求めてくれたから。私の事を好きって言って、私の事をヒーローだって言ってくれるから。その言葉に縋って、逃げてた」


 私は、弱い。自分が可愛くて可愛くて仕方ない、弱虫だ。嫌な事から目を逸らし続けた臆病者だ。何かになりたいと願い、何にもなれず、大切な人を見殺しにした罪人だ。見ていたのに。分かっていたのに。知っていたのに。その全部を無かった事にして、逃げ出した。

 私は星奈が言うような、高尚な人間なんかじゃない。良い子でもヒーローでもない。そう見えるように皮を被った、大罪人だ。何度も何度も同じ罪を犯す痴れ者なんだ。そんな人間が、光である彼女の側にいていいはずがない。


「もうあんな事がないようにって、思ってたのに。私はまた同じ事を繰り返して、また大切な人を傷付けてる」

「ねぇっ、さっきから先輩は、何を言ってるの?」

「あの日私は決めたのに、結局何にも変わってない。星奈がくれた優しい世界に浸って、身勝手に幸せになろうとしてた」

「…………幸せになる事の何が、ダメなんですか」


 強く唇を噛み、眉を顰めて彼女はたずねる。真摯に向けられた眼差し。尚も涙で揺れているが、しかし彼女の瞳に宿った煌めきは耐え難い程に、眩惑げんわくだ。眼球どころか思考すらも焼かれ、思わず求めてしまいそうになる、輝き。

 あぁ……やっぱり私は、彼女の側にいちゃ、いけない。


「あたしは……幸せになりたいです。誰もがいいなって思うくらい、幸せになりたい。貴方と、一緒に」

「……ありがとう。そう言って貰えて、嬉しいよ」


 訥々とつとつと。苦しげな声で、やっぱり私を求めてくれる。私にその真っ新な光を向けて、手を伸ばしてくれる。私を必要としてくれる。

 でも、違う。そうじゃない。彼女が愛した私は……私じゃない。


「……分からないです、あたし」

「うん」

「何も……何も、分からない。何が貴方に、そんな事を言わせるんですか? あたし、何か先輩に嫌な事しちゃい、ましたか?」

「ううん。星奈は何もしてないよ。星奈は何も悪くない。悪いのは……星奈に甘えていた、私だよ」

「……甘えてくださいよ。甘え続けてくださいよ。あたしの側で、ずっと。あたしから、離れないでくださいよ」


 懐疑かいぎのしようがない、愛の唄が注がれる。陽の光が屈折する事なく地上に降り注ぐみたいに。私だけに当てられた彼女の光が、だけど私には届かない。透明な、私には届かない。影を落とさずに通り抜け、出来上がった偶像を彼女は見ていた。

 そうとも、彼女が今見ているのは汚い私なんかじゃなくて、私とは正反対の虚像なのだ。私と言う透明な何かが見せる、ヒーローな私。彼女はずっと、そんな私を見て、求め、必要としていた。

 そんな酷い事を、実像の私は考える。


「…………あたしの事、嫌いになったんなら嫌いになったって言ってください」

「そんな事ない。嫌いなわけないよ」

「じゃあ……何で……」

「さっきも言ったでしょ? 私は、星奈には相応しくないから」

「……本気で、言ってるんですか、それ」


 ぐしゃぐしゃと顔を顰めて、星奈は当惑した声を出す。本心から、私の言っている事の意味が分からないと言った面持ちだ。

 突如、何故そんな事を言い出したのか。わけの分からない理由で、どうして別れようとしているのか。そもそも私が言葉にする相応しいとは、一体どんな意味を持っているのか。

 手に取るように分かる、星奈の考え。私は、苦笑する。


「あたしが、あたしの恋人は先輩しか居ないって、言ってるのに。それでもどうして、先輩は相応しくないって、言い切れるんですか」

「私がそう思うから。私の事は、私が一番よく知ってる」

「……そんな事ない。そんなわけない。先輩は自分の事を卑下するけど、先輩は自分が思っているよりも、すごい人なんですよ……?」


 平行線の会話だ。互いが互いに、己の主張を譲らぬ埒が開かない話し合い。

 いや、そもそもこれは話し合いじゃない。優しい彼女は私の話を汲み取ろうとしてくれているが、私が彼女を突き放している。

 相手の意見を一切受け入れず、その癖のらりくらりと本音も語らない。彼女へ話すべき事を無責任に隠し、自分の意見だけを曲げずに貫き通して、彼女から目を逸らしている。

 それは今の話であり、それは今までの話だ。

 誠実な彼女とは対蹠的たいしょてきに、誠実さに欠けている。蛙の子は蛙で、血は争えない。結局私はあの人の娘で、結局私はあの頃から変わっていない。この場に立つ私を傍観しているもう一人の私が、嘲笑して囁く。

 なんだ、お前はあの人にそっくりじゃないか、と。


「……星奈は分かってないよ」

「それは貴方が何も話してくれないからでしょ!?」


 私の声を遮るように、星奈が吠えた。夜半の静寂しじまを真っ二つに切り裂く絶叫が、部屋を揺らす。

 傷ついた顔の星奈が、私を見ていた。彼女の双眼そうがんに映る女は、人形のように無表情だった。

 嘆く本音、燻る後悔、怖がる意識。

 それらの一切合切を無視して、私は軽く笑う。偽り、隠し、繕って。笑う。

 今まさに自分は、己の大切な人を傷付けている最中だって言うのに、浮かんだ表情は苦笑いだ。うっそりと口角を上げ、瞼を細め、歯を見せる。すっかり染み付いた苦笑が、こんな時ですら抜けない。 


「貴方は……何も話して、くれない。勝手に傷付いて、勝手に物事を決めて、あたしの気持ちすら勝手にっ……決めつけてる。そんな、の……おかしいよ」

「そうだね」

「あたしは先輩の恋人、なのに。先輩はあたしに……なんで、何も……話してくれないの……」


 とんっとんっ。

 私に抱きついた彼女が、私の胸を叩く。弱々しく胸を叩く音が、心臓を揺らす。じんわりと滲む涙の熱。啜り泣く声が、鼓膜を突いている。


「…………」


 本能がまた、私をなじる。大切な人を傷付けて、お前は何がしたいんだ。そう言っている。

 分かっていた。星奈が傷付いて、泣いてしまう事を。予想出来ていた。これを言えば、星奈は沢山泣いて、私を肯定して、絶対に離れないと縋る事を。

 分からないわけがない、予想出来ないわけない。彼女の、私に対する想いは私が一番知っている。今まで何度も、星奈から愛の唄を奏でられていたのだ。この展開を、予知出来ないはずがなかった。


「嫌いじゃないなら、別れないで。あたしの、側に居て。別れたい、理由があるなら……ちゃんと、話してよ……」


 ハラリ、ハラリ。

 いつの日か見た、桜舞い散るあの日の彼女が脳内でパッと光って咲く。

 思い出の中の彼女は、苦しそうで、寂しそうで、だけどこの世の者とは思えない程に綺麗で。私の名前を呼びたいと言ってくれた彼女は、笑顔が似合う人で、でも泣き顔すら彼女を光たらしめる美しさになっていて。

 私は彼女の笑顔が好きだった。

 真ん丸な大きな目を目一杯細くし、白い歯を見せて、無邪気な子どもみたいに笑う姿が好きだった。時折その屈託ない破顔の眩さに目が眩むこともあったが、それでも好きだった。その笑顔を自分に向けられている事実に、心が震えた。彼女にはずっとずっと笑っていて欲しい。なんて、キザっぽい事を願ってしまう程に。

 でも、しかし、あぁ。そんな事を願っていたはずなのに、どういうわけか。今、私の前にいる彼女は笑うどころか泣いていて。その泣き方は憂いを帯び、切なく、悲痛で、痛々しくて。記憶の中のものと似ているようで、確実に違う涕涙ているい

 私は茫漠ぼうばくと、ハラリハラリ声も上げずに落涙らくるいする彼女を見つめる事しか出来ない。


「星奈……」

「…………」


 何かから耐えるように俯き、グッと服を握り込む彼女。呼び慣れた名を口にしても、彼女が応えることはない。時計の針だけが鳴り続ける部屋の、居心地の悪い静けさが私の身体に纏わり付いた。


「……分かってるんです」

「え」

「分かってる。全部、知ってるんです、あたしは」


 どれほどの時間が経ったのか。数秒であったのか、はたまた数分であったのか、数時間だったのか。短くもあり、それでいて途方もなく長い時間のようにも思えた沈黙の時間は、彼女のよく通る震えた声によって破られた。


「知らないと、思っていましたか? 分からないと思っていましたか? 一体何があったのか、何が起こっているのか、何も分からない人間だと、思って、いたんですか?」

「何、が」

「気付かないわけないでしょ。わからないわけないでしょ。知らないわけないでしょ。だってあたし、チャンネルを運用する配信主ですよ?」


 ドクン。

 心臓が跳ねる音。何度も何度も、身体の中心で喧しく響いている。それは命を繋ぐ音であり、本能が知らせる警告音。真っ白になりかけている頭の中で過ぎるは、予感だ。嫌な、予感。冷静さを保とうと必死な理性が悲鳴を上げ、その結果私の身体から冷や汗がとめどなく滲み流れる。閉まったままの喉がカラカラと渇き、声を出すどころか呼吸すらもままならなくなっていて。

 俯いていた彼女がゆっくりと顔を上げ、再びその目に私を映す。キラリと輝いた瞳の中で、間抜けな顔をした女が、私を見つめていた。


「あたし達の関係について、非難されたことくらい、知ってますよ」

「あっ」

「だから先輩は、あたしから離れようとしてるんでしょ?」


 震えているはずなのに強い、彼女の言葉が言い放たれる。

 刹那、私は頭の中で渦巻いていた嫌な予感が無事的中したことを悟った。


「毎回、ちゃんとその日の配信を見返してるんです。それは例に漏れず、あの日の配信も。あの日コメント欄に流れた非難の言葉を、その言葉を先輩があたしに見せないようにしてくれた事を、あたしは知ってるんです」


 なんだ、バレていたのか。私が隠していたものを、彼女はっくのとうに知っていたのか。

 あぁ、確かに彼女が言うように知らないわけがなかったか。気付かないわけがなかったか。

 当たり前だ。星屑セナの事を、本人がわからないわけない。彼女は分からないフリをしてくれていただけ。私の罪は、最初から露呈していたんだ。


「そりゃ、傷付かなかったって言えば、嘘に、なります。あたしがリスナーに、嘘をついていたのは、事実だから。その嘘で、やっぱり傷付いていた人がいるんだって、分かって。自分の不甲斐なさに、嫌になった」

「……うん」

「全部あたしの所為だから。あたしの所為でリスナーが傷付いて、先輩も傷付いてる。あたしの軽率で、身勝手な行いで、沢山の人を傷付けちゃった」

「それは違うよ」


 俯いたままぽつぽつと語る彼女の懺悔を、思わず否定してしまう。

 確かに、今回の騒動の発端は星奈が配信を切り忘れた事だ。もしもあの日、ちゃんと配信が終わっていたのなら、この展開は訪れなかったのだろう。

 だけど、そうじゃない。星奈は何も悪くない。悪いのは私だ。

 そもそも最初から、私が星奈と付き合ってさえなければ、こうはならなかった。彼女に求められるがまま己の罪を忘れて、自分可愛さに星奈の光へ手を伸ばさなければ、こうはならなかったのだ。

 星奈の所為じゃない。全部全部——


「私の所為だよ」

「っ! ……なん、で」


 顔を上げた星奈が、唖然と問うた。

 だけどその問いに対する答えを、卑怯な私は口にしない。ただただ空漠くうばくに苦笑の表情を彼女に向けるだけだ。


「…………だから、あたしと別れるんですか?」

「そうだよ」

「っ……なんで先輩は、そんなにも……自分の所為にしたがるんですか」

「したがるもなにも、全部私の所為なのは事実なんだから」

「違うでしょ。そんなわけない。だってあの日、あたしが配信を切り忘れたから、こうなったわけで」


 グッと堪えるように、彼女は言葉を途切らせた。

 数秒の沈黙。

 不安定な呼吸を整え、星奈は私に目を向けて儚く笑む。


「あたし、嬉しかったんです」

「…………え」

「先輩と一緒に、配信が出来て」


 ヘタクソに彼女ははにかむ。

 瞼を細めた拍子に、また涙がハラリと散った。

 初めて見る、彼女の笑い方だった。


「言ったでしょ? あたし、先輩と一緒に配信して、ゲームとか雑談をしたいって」

「う、ん」

「だからそれが叶って、すごく……すごく、嬉しくて、楽しくて、幸せ……だったんです」


 歌うみたいに、星奈は語る。突然、脈絡のなく気持ちが吐露される。それこそ、花が静かに花弁を散らすかの如く。ハラリハラリと、彼女は語る。


「強引で、無理矢理だったと思います。だけど、それでもやっぱりあたし、先輩と一緒に配信がしたくて。誰かが傷付いているって分かってたのに、でも、どうしても、貴方と一緒に配信がしたかった」

「星奈……?」

「配信の切り忘れは、本当にただの事故だったんです。あたしがとちっちゃっただけ。でもあたし、本当に……良い機会が訪れたなって、思ったんです。これを機に、先輩は笑ってくれるかなって」

「ねぇ、さっきから何を言って」

「あたし、気付いてました」


 すぐ間近で私を穿うがつ彼女は、まるで私の声なんか聞こえてないじゃないかって様子で、言葉を紡ぎ続ける。


「だから……だけど、あたし先輩を傷付けて、悩ませちゃった」

「別に私は傷付いてなんて」

「貴方の想いを殺したくなかった。気付いてるのに見て見ぬフリをしていたけど、それでも嫌だったんです。でもその所為で先輩はもっと……傷付いちゃって」

「…………私の、想い?」

「先輩自身は気付いてない。いや、もしかしたら気付かないようにしているだけだったのかも。だけどあたしは、気付いていたから。これ幸いにって、皆んなを騙したんです」


 ドクン。

 心臓が跳ねる音。今日だけで何度、私の心は大きく脈打つのだろう。

 予感も予測も何もないと言うのに、私の本能が警告音を鳴らしている。ドクドクと煩い鼓動が、くぐもった頭の中でずっとずっと響いている。次に、彼女の唇から溢れるであろう言葉に、恐れを抱いている。


「でも……こうなるなんて、思ってなかった。あたしはただ……先輩が笑ってくれるなら、なんでも良かったの。子どもみたいに、あたしの隣で貴方が笑ってくれるなら……あたしは……」


 彼女は一体、何に気付いていたと言うのだ。

 彼女のその口を両手で塞いでしまいたくなった。だけど私の身体はいうことを聞かない。ピクリとも、動かなくて。耳に手を当てることも出来なくて。


「ねぇ先輩」

「……な……に」

「あたしね」


 私が映った瞳。散る涙。弱々しくも、力強く私の前にいる彼女が、やおらに口を開く。目が焼ける眩さの中、彼女の声が鮮明に鼓膜を突き抜けた。


「先輩が本当は、配信者であるあたしを羨んでたって、気付いてたよ」


 その瞬間、私の心臓は跳ねることなく。脈動すらなくなった私は、音と時間が過ぎ去った何もない空間に置いてけぼりにされた。


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