第12話『恐怖のホラーゲーム配信中』
何度誘われても、なんだかんだ理由をつけて配信を断っていたというのに。なし崩し的にあれよあれよと再びモニターの前に座り、リスナー達の反応を見ながらよもや配信主の代理としてホラーゲームのプレイ配信をすることになるとは、過去の私は思ってもみなかった。過去とはつまり数分前の自分であり、数分前の自分はホラーゲームの配信を行う彼女の悲鳴を他人事として聴いて、漫画を読んでいたというのに。
「ひぃっ! いや! やばい! やばいですって! この先絶対います! ねぇ、ねぇ!!!」
「うんうんそうだねそうだねやばいねそうだね落ち着こうね一旦落ち着いて力抜こっかうんうん怖いね怖いねでも一回落ち着いてねあのね私ね今ねすごいことなってる私の腕見てみてよ紫色だよこれ見て本当に待って痛い痛い痛い痛い!!!」
しかし、あぁ、やはり思ってしまう。何がどうしてこうなったのだろう、と。
「ちょっとね? 一回画面止めるから、一回セナも私の腕離してもらっていい?」
「ううぅうぅうぅ……」
【セナち獣の唸り声みたいなの出してる笑】
【セナちの絶叫で俺らの鼓膜死んだねぇー】
【先輩だいじょぶそ?ww】
「ふぅ、なんとか離してもらえましたね」
【セナちに抱き付かれるなんて裏山】
【先輩! 俺と代わって!】
【先輩死にかけで草】
【セナちゃん生きてるぅ〜?】
「……ほらセナ。コメントでセナ生きてるーだって」
「生きてるよなんとか……生きてる……。怖すぎて今画面見れてないから何にもわかんないけど」
【あまりにも草】
彼女のあんまりな荒ぶり様と、今にも関節が外れそうな自身の腕を労って、私はゲームをポーズ画面へ。気合いだけで握っていたコントローラーを机上に置き、取り乱す彼女をなんとか宥める。そしてそれとなく、へし折られそうだった腕を離してもらい、血流が回り始めじんわりと熱くなったその腕で彼女を優しく抱きしめた。
「やっぱ無理です……あたしホラーゲーム無理なんです……」
「うんうんそうだね、セナ怖いの本当に無理だもんね」
「そうですよ……なのになんで今あたしホラーゲームやってるんですか……?」
「うーんそれは私が今一番訊きたいことだけど……皆さんは何か知ってます?」
【えーーーっとぉ】
【ビクッ】
【そうですね】
【まさかそんな俺らが星屑にホラゲーやって欲しいって頼んだとかそんなわけ】
【全部Xのアンケート機能が悪いんや】
【セナちがホラゲー克服したいって言ってたからぁ】
「……ははは」
尋ねた瞬間、わかりやすく狼狽をし始めたコメント欄に、私は笑ってしまう。どういった経緯で今に至っているのか、詳しい事情はわからないが、彼らの反応を見る限り考えていた予想は概ね当たっていることだろう。
彼らの言葉から想定するに、以前の配信で喋っていたホラーゲームの話題の延長でセナがホラーゲームを克服したいと言い、その発言に鬼の首を取ったかの如く言質を取ったリスナーが盛り上がって、いつの間にかホラーゲーム配信を行う流れに発展。そんな予想外の流れに、ホラーゲームが苦手なセナがせめてもの足掻きでXのアンケート機能を駆使し、なんとか配信を回避しようとして。しかし、セナのホラーゲーム配信を見たいリスナーの一致団結により、結局ホラーゲームをすることが決定。決まったことであるから仕方ないと、責任感の強い彼女は頑張ってホラーゲームをプレイし始めるが、結局数分でギブアップ。だからと言ってホラーゲームをやり切らないと言うのは彼女の中の何かに引っかかったのか、最終的に導き出された案は同じ家に住む私に代わりとしてプレイしてもらうこと……と言った、ところか。あくまで予想でしかないが、高すぎる解像度に自分で引いてしまった。
「ていうか先輩は怖くないんですか……!」
【確かに】
【先輩余裕そうじゃん】
「んー、まぁ……あんまり?」
「ぐぬぅ……なんだかんだ先輩もあたしと一緒だと思ったのに」
「うーん。私が怖いの無理だったら、アンタの代わりにゲーム出来なかったわけだし、セナ的には逆に良かったんじゃない?」
「あっ……確かに。先輩賢いですね……」
「なんか恐怖で頭働いてないね」
【星屑……】
【セナちwww】
なんとか軽口を叩けるほどには落ち着きを取り戻した彼女。警戒しないよう、そっと抱きしめていた彼女の身体から離れ、ぽんぽんとその丸い頭に手を置く。
「取り敢えず再開するけど、セナ大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないです」
「わぁ、まじかぁ」
「でも頑張ります……」
「ん、わかった」
「あたし偉い子なんで……」
「そうだよ。セナは偉い子だからね」
「えへへ」
なでりなでり。小さな子どものようにはにかんだ彼女の、乱れた髪を徐ろな動作で正し、再び私はコントローラーを操作。薄ら暗い画面で止まっていたゲームを再開させ、途端ピクッと肩を揺らす彼女を横目に苦笑い。
もう無理だとギブアップをし、私に代行させているとは言え、律儀に画面へ目を向ける彼女。そういう所が私は好きで、きっと彼女のリスナー達もそういう所が好きなのだろう。だから彼らは彼女にホラーゲームをしてほしいと頼む。その結果、何故か彼女ではなく私がコントローラーを握る羽目になっているわけだが。
【せんセナてぇてぇ】
【星屑怖がりすぎでしょ笑】
【先輩ってホラゲーとかあんまりしないんだっけ】
「そう。というかゲーム自体、あまりにしないですね」
【そうなんだー】
【しなさそう】
【セナちゃんはオタク文化をよく知るオタクに優しいギャルだけど、先輩は早口で喋るオタクの話をちゃんと聞いてくれて、アニメとか勧めたらちゃんと全部見て感想くれるタイプのクール系な同じ部活の先輩って感じだよね】
【FPSとか先輩めちゃくちゃ上手そう!】
「……FPSってアレですよね? セナもやってるAPEXとかの」
「……そう、です。オンラインでやる、銃撃つやつです」
【そうそう】
【先輩エペは知ってんだ笑】
「まぁ私もセナの配信ちゃんと見てるんで」
【え、じゃああの伝説のフォールガイズ配信も見てたり?】
【ちゃんと恋人の配信チェックしてるとか、てぇてぇすぎんだろ……】
【一位取るまで配信終わらない企画で八時間以上掛かったあのFallGuys配信も!?】
「あー、そんな日もありましたね。勿論私も見てましたよ。見ながら、机の前から移動できないセナのお世話してました」
慣れないながらもセナに教わった通り、コントローラーをカチャカチャと使いゲームをプレイ。その合間にコメントを拾ってなんとか会話を繋げる。初めて配信に参加した時のような緊張感はあまり無く、リスナーである彼らと元から友達だったような気持ちすら湧き上がる。それは不思議な感覚だった。
【草】
【お世話www】
【お世話って何ww】
「んーっと、ご飯を部屋まで持ってったりとか?」
「その節はお世話になりました……」
【草生える】
【お母さんじゃん!笑笑】
【星屑ぅ!】
「たまたま私が仕事休みだったので。みんなに気付かれないようひっそり側で色々してたんですよね」
「いや……まさかあたしもあんな時間かかるとは思ってなくて」
【俺らもあんな星屑がゲーム下手やとは思わんかったよ】
【一位なった瞬間感動もんだったよなぁww】
【先輩あっての達成できた配信やったんやなぁ】
しみじみと懐かしく思う、半年前の話。
ゲームセンスが壊滅的に無く、よく配信で珍妙なプレイ映像を流しリスナー達を困惑させる彼女。ある種それすらも星屑セナのキャラクター性として武器にし、魅力として落とし込んでいる。
が、そんな裏事情が孕んでいたとて、想像以上の下手すぎるゲームプレイを行う彼女。自分が下手だと言う自覚はちゃんとあるのだろうが、恐らく自分がここまで下手であるとは思ってもみなかったのだろう。戦略的かつノリと勢いで始めたFallGuys耐久配信はまさかの八時間越え。彼女の中では長くとも三時間程で終わると考えていたらしいが、実情は想定の約三倍。集中力の途切れと疲労により、途中から発狂&無言が続いた配信は、今では伝説の一つとなっている。
「懐かしいですね。もうあれから半年くらい経ちましたよね」
【クッソなつい】
【あの配信半年前ってマ?】
【時が過ぎるの早過ぎるっぴ】
【ていうかセナち大丈夫そw】
「……セナ大丈夫かぁって」
「大丈夫です。大丈夫です。まだ大丈夫。平気です」
「らしいです」
【全然大丈夫そうには聞こないw】
【セナちゃん声震えてるよー笑】
【草】
ゲームを進める。
仄暗い廃墟をバール一本で探索する一人称ゲームは、確かに怖さはある。先程暗闇の中何かもわからない敵に追いかけられた時は、焦燥感から若干の冷や汗は滲んだ。イヤホンから聞こえる環境音も不気味で、彼女が恐怖から動けなくなった気持ちがわかった。
だが、なかなかどうにも面白い。今までまともにゲームをしたことが無かったが、このハラハラ感や背中を這う恐れの感覚が癖になる。もしかしたら私はホラーゲームが好きなのかもしれない。
「ちょ、ちょちょちょ先輩先輩先輩! そんなグングン進まないでください!」
「えぇ? でも先に進まないと終わらないよ?」
「そうですけど! それはそうなんですけど! 心の準備が欲しいんですよ!」
「心の準備って、大丈夫大丈夫」
「何も大丈夫じゃないんですけど!?」
【セナち必死笑笑笑】
【先輩めっちゃ余裕で笑う】
【やっぱ先輩ホラーゲーム怖くない人間だったかあ】
「いや、やっぱちょっとは怖いですよ? 追いかけられてる時とか冷や汗出てたし」
「そ、そうなんですか?」
「うん。まぁアンタに腕締め付けられて怖いも何も無かったけど」
「うぅ、いじわる……」
「あはは」
適度に彼女を弄りながら、ゲームを進行。グングン進まないでと言いつつ、攻略の仕方がわからなくなり私が右往左往としていれば、震えた細い指で細々とアドバイスをする彼女。コメント欄も適度な雑談と、私が困れば的確な指示が飛んでくる。その甲斐あってか、順調にゲームも配信も進んでいく。時折過度なホラー要素の出現に、彼女から強すぎる愛の力を示されていたが、それはご愛嬌というものだ。
「えーっと? ここはもう行ったところ……かな?」
【行ってたよ〜】
「……さっき手に入れた鍵、あそこの扉で、使えるんじゃないですか?」
「あー、確かに。一旦行ってみよっか」
「…………先輩多分そっちじゃない」
「あれ?」
【……先輩ってもしかして方向音t】
【多分さっきの部屋戻って別の扉じゃない?】
「……いや、先輩若干方向音痴入ってるの。気が抜けてる時とか、最寄駅から自宅までの道すら迷ったことあるし」
【まじwww】
【ヤバくて草】
【家帰る道わからんなるとか草すぎ】
「いやぁ。ぼんやりしてたら変な道入っちゃいまして」
「びっくりしたよね。なんかいつもの時間に先輩が帰ってこなくて、電話したら迷ってるっていうし」
落ち着きを取り戻し始めたのか、普段行う配信と同じノリで話せるようになった彼女。その実、未だに彼女は私の腕に巻き付いて、警戒する猫の如くゲーム画面を睥睨しているが。
【結局先輩どうやって家帰ってこれたの?】
「……結局先輩どうやって帰ってこれたの……あたしが迎えに行ったの。先輩にはその場で動かず待ってもらって」
「位置共有アプリってこういう時便利だよね」
「いや先輩の迷子防止にって入れましたけど、まさか本当にその用途で使う日が来るとは思いませんでしたけどね?」
「なんか昔から苦手なんだよね。いつの間にか知らないところいるみたいな」
軽口を叩きつつ、ゲーム内でも迷う私を促す彼女。それに従いテキパキとゲームを進める私に、やっぱり彼女はビクビクと怯えていたが、その目はしっかりと画面に向けられていて。プレイ自体は私がしているが、なんだか二人でゲームをしているような気がする。操作する私と、指示する彼女。正しく協力プレイ。リスナー達や彼女と軽い雑談を交えながらゲームをする時間は、正直悪くはない。彼女が夢だと口にした理由が、よくわかった。
……とはいえ、何者でもない私がこのような立ち位置でこの場にいてもよいのか。そう、思ってしまうのだが。
【ふーん? 位置共有アプリ入れてるんだ】
【てぇてぇきたな】
【キマシタワー】
「あは。またみんなキマシタワー建ててr」
なんてことをぼんやりと考えていたその時。突如耳につけていたイヤホンからドンッと扉の開く音が爆音で流れ、画面目一杯に映し出された形容詞がたい何かの存在に、彼女は喋っていた言葉を途切れさせる。刹那、私は瞬時に全てを悟り、そして神に祈った。
あっ、なんかめちゃくちゃ嫌な予感がすr
「きゃああああああああああああっ!」
「あああああぁぁぁああぁぁぁっ!!!」
今日何度目かもわからない劈く悲鳴。左腕にかけられる圧倒的パワー。モニター画面に映し出されたおどろおどろしい敵の姿。絶叫と呻きで埋め尽くされる死屍累々なコメント欄。彼女の叫びと私の叫びが共鳴。この部屋の防音がしっかりしていて良かったと本気で思う。とはいえ、明日家を出る瞬間は恐ろしく思うのだが。
「いやああああああああああっ!!! もういやぁあああああぁぁああぁ!!!」
「いたたたたたたたたた痛い痛い! 離して! 離してぇええ! お願い待って痛い痛い痛い!」
「助けてえええええええっ!!!」
楽しいと思っていた。こうやって一緒に配信に出ること自体、かなり楽しいと思っていた。ほぼ初めてと言えるホラーゲームのプレイは新鮮であったし、リスナー達との会話も弾むし、彼女と協力しながら行うゲームも楽しいと思っていた。
しかし、またも私の心も腕も折れそうになっていた。耳鳴りが鳴り始めた鼓膜と、血流が溜まって真っ赤に染まる左腕。叫び腕を締め付け恐怖のまま私を揺らす彼女は、数秒前の安寧が消え去ってしまったのか。
一瞬にして訪れる混沌。痛みに吠える私は、心の中で誓う。もう彼女にはホラーゲームの配信はさせて堪るものか、と。
だが、私は知らない。変に責任感が強く頑固な彼女の意思によって、これから数日間ホラー配信に参加する未来が待ち受けていることを。私はまだ、知る由もない。
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