3.「髙比良といい感じだったって噂流れたらどうする?」

いつも一緒にお昼を食べている堂前さんが出張で不在だったので、いつもの席でひとりさみしくうどんをすすっていた。社食は今日もにぎやかで混みあっている。それとなくちらちら向けられる視線は、この間の『新山と良い雰囲気だった』の謎の噂のせいか、濱家一派だからか、ひとりで飯食ってるなあ、なのか。頼むから3番目であってくれ。溜息をついてうどんを食べ進めていると、向かいに人が立った。


「ここ空いてる?」


顔を上げると、同期の髙比良くんが、食事を乗せたトレーを持って立っていた。


「うん、空いてる」

「一人珍しいじゃん」

「今日堂前さん出張なの。髙比良くん、社食珍しいね」

「午後イチで会議なんだよねー」


また営業部とやりあいだよ…と苦い顔をする髙比良君は、マーケティング部の主任だ。同期で一番最初に昇進した超優秀な人材。本人に言うとすごい嫌がるけど。

入社してすぐの研修で仲良くなって、そこから定期的に飲みに行っている仲の良い同期だ。

髙比良くんはそのままわたしの向かいに座る。いただきます、と手を合わせてから、にやにやしながらこちらを見た。


「新山さんと良い雰囲気だったらしいじゃん」

「…あんたまでイジらんといてよ…」

「早速本社の洗礼受けたねー」


よくあるから気にしちゃダメだよ。と海老天そばをすする髙比良くんに、「気にするよ…」としょげてみせると、眉をハの字にして笑われた。


「あなたそういうの気にするタイプだった?言わせとけって感じだったじゃん」

「内容よりも、大人になってもこんなことあるんだって凹んでんの」

「あららー可哀想に。地獄だよー本社って」


それついこないだ新山さんも言ってた…と肩を落とすと、「経営企画なんて地獄の煮凝りだからね」と笑って、そばにトッピングされた海老天をほおばっていた。平気そうな顔をしているけれど、髙比良くんの所属しているマーケティング部も相当過酷な部署だ。市場調査から分析、それに基づいた営業用の企画立案。特に髙比良くんは今までにない手法を多く取り入れた提案をしているから、保守的な考えを持つ「オジサン営業」とは衝突することが多い。マーケティング部と営業部との会議の議事録からも、その激しさがひしひしと伝わってくる。きっとわたし以上に、いろんな風当たりは強いだろうに。


「本当に尊敬するよ…」

「何急に」

「わたしやっていけるか不安になってきた」

「大丈夫大丈夫、すぐ慣れるって」


言いたい奴には言わせときなよ、どうせ大したことないんだから。とあっけらかんと言ってみせる髙比良くんのかっこよさたるや。「そうだね、ありがとう」と言うと、「あなたが前言ってたことそのまんま返しただけだよ」と照れくさそうに笑った。

同期の誰それが異動しただの、この間行った店での出来事だの、よくある同期同士の話。やっぱり、至る所からチラチラと視線は感じていたけど、髙比良くんの言葉で(前に私が彼に言ったことらしいけど)全然気にならなくなった。ふと周りの視線に気づいたのか、髙比良くんはちょっとだけ声を顰めて、内緒話のトーン。面白いことを想像している時の、ニヤニヤした表情。


「髙比良といい感じだったって噂流れたらどうする?」

「フラれましたって言う」

「なんで俺を悪者にすんだよ」


わたしの返事に、彼はまた眉を八の字にして笑った。

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