幻歩録

@irowakeiruka810

第1話

 昼下がりの陽光を一身に受けながら僕は剥き出しの階段を登っている。もう東京の街並みが一望できる高さまで来た。ビルディングのほとんどは廃墟と化し、苔が生え、蔓が繁る。

 この街は死んでいる。人類は滅亡し、文明は崩壊した。人のいないこの都で隆盛を誇るのはコンクリートジャングル。人新世が終わり、鉱物の時代の始まりである。

 そんな中なぜ僕はビルの階段なんぞを登っているのか。この終了した世界では問いを投げかけてくる人間はいないから自問してみるが、しかし理由なんて僕自身にもわからない。それは人に何のために生まれて何をして生きるのかを聞くようなものだ。人生に意味などなく、衆生に価値などあるはずもない。死ぬ必要がないから生きていく。

 ただし動機はある。僕は今朝の光景を回顧する。見上げた空、確かに見た、蒼穹を舞う幻想。迅雷の具現、流星の象徴を。あれを再び見えるべく、僕は脚を浪費して瓦礫の山を登るのだ。

 もう頂上だ。長い道のりを歩き切った僕の眼に映ったのは、一条の白光だった。

 太陽の如き白い鱗、天を覆う大翼は神々しさの体現。瞳は熱せられた炭の赤。

 僕は神話の竜を目撃した。釘付けになる目を離して、鞄から一冊の辞典を取り出し、頁を繰る。リンドオルム――北欧の水竜。

 その名を見つけて再び空を見上げたとき、その姿はもう空のどこにもなかった。一瞬の出来事だった。僕は瓦礫に腰掛け、青い鳥を思い出していた。

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