第31話
まあ、なんにしても今日のあの出来事で、日向さんの扱いははっきりとわかったのは事実だ。
彼女が結婚したと噂が流れ、俺たちの部署内の男が正直、全員泣いたと思う。仕事にも真面目に取り組み、時々見せる笑顔に全員が癒やされていたのは確かなのだ。それが1人の男に独占されるというなんとも悲しい噂だったのだから。
けれど、日向さんは結婚したと言うのにかけらも幸せそうではなかった。日に日に疲れた表情を見せるようになってきていたのを、多分、部署内の全員が気づいていたと思う。それでも干渉しなかったのは彼女がすでに成人している大人であり、ここが会社だからと言う理由が一番だろう。もしただの体調不良ならば自己責任は大きい。管理がきちんとできていなかったと言うことなのだから。
けれど、今日のあの扉付近での様子を見て、おそらく全員が確信しただろう。
――結婚と言う幸せを手にしたはずの彼女が、逆に結婚によって不幸になってしまったのだと言うことに。
それならば、口を出しても文句は言われないだろう。今までは夫という人間がいると思っていたから、下手に干渉しないようにしていた奴らも多かったけれど、そうではないと朝比奈さんは自分で証明したのだ。妻であるはずの彼女が目の前で高熱を出し、しかも体を叩きつけるほどに倒れたと言うのに、冷めた視線を向け、助け起こそうともしないでそのまま立ち去ったのだ。
横から掻っ攫われても、何も文句など言えないだろう。
「……前田、全部顔に出てるわよ」
「え? ああ、すんません」
「謝る気ないでしょう」
「まあ、確かにあんな同じ男から見ても最低なやつに、うちの可愛い日向さんを預けることはできないって、強くは思いましたけどね?」
「ま、それには同感してあげるわ。……あまりないとは思うけど、社内では紬と朝比奈を出会わせないように細心の注意を払いましょ。昼休憩は村上がなんとかしてくれるから、そこは彼女に任せて、それ以外の時ね。うちの部署にたとえきたとしても、朝比奈と紬を会わせないようにすること、会話をさせるにしても、必ず誰かを付き添わせましょう。それでなんとか誤魔化していくしかないわね……」
「ま、確かに。でもうちの女子たちも日向さんのことは認めているし、なんなら多分好きな部類だと思うから協力要請すれば協力してくれると思いますし?」
「紬の人徳がよくわかるわね。じゃ、前田は先に戻ってそのことを伝えてきなさい。今後一切、紬をこんな目に合わさないように手は打てる時に打っておきましょう」
「了解っす! じゃ、先に行きますねー」
「はいはい」
そう言って俺を佐藤さんは見送ってくれた。
**
「……辛いなら、辛いと言ってくれないと分からないって言ったでしょう、紬……」
苦しそうに眠る紬に、私はそう呟き、髪を撫でてやることしかできなかった。
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