第30話

「…………どこまでも不愉快な女だな」



 そう、吐き捨てるように呟いたかと思うと、倒れた紬ちゃんには目もくれずそのまま本当に早足で歩き去ってしまったのだ。


 不可抗力とはいえその言葉を聞いてしまった私たち三人は言葉を失う。お互いに困惑して顔を見合わせてしまうほどには。


 そうして、まごまごとしている間に佐藤女史が近づいてきて屈み込み、紬ちゃんの額に手を当てる。



「……熱が高いわね……前田、手を貸して!」


「あ。はい!」


「医務室に運んで、付き添いは私がするわ。あなた達は仕事に戻りなさい」


「……はい」



 私たちは、紬ちゃんの心配をすることしかできなかった。




**





「……よっ、いしょ……っ、と」


「なに、紬は重たいの?」


「いやいやいや。衝撃を与えないようにと思ったら声が出ただけですって! ……むしろ、軽すぎるぐらいじゃないですかね。ちゃんとご飯食べれてるんでしょうか?」


「そうねぇ……」



 日向さんを背負って医務室まで運んだ俺は、正直、引っ張った時の彼女の軽さに驚いたぐらいだ。軽すぎる。そう言ってもきっと過言ではないと思う。


 心配で日向さんを見つめていると、一緒について来てくれた佐藤さんが突然、日向さんの体を触り始める。その触る場所がお腹周りだったり、胸周りだったりで、正直男の俺がいる時にはやってはならない行為だとおもう。



「ちょっ!? 佐藤さ……っ!?」


「………………細いわね」



 何してるんですか! と声をあげようとしたけれど、真剣に呟かれたその声に、俺は言葉を失う。それは、それだけ彼女が痩せ細っていると言うことでもあるのだ。



「……はぁ、あれほど、流されるなって忠告しておいたのに……」



 本当に、頭が痛そうに抱えながら長い長いため息をつく。と、俺は日向さんが握っている紙に気づく。仕事の書類なら代わりにやってあげようと思いそれを手に取って広げた瞬間、固まってしまった。


 それを見た佐藤さんが不思議そうに側に寄ってきて同じように俺の手の中にある書類を覗き込む。瞬間。



「……前田。貸しなさい」


「え、あ、いや……」


「今すぐにシュレッダーにかけましょうか。それとも火に焼べましょうか」


「ちょ、佐藤さん怖い怖い!」


「良いから。貸しなさい」


「ま、待ってくださいってば! これを今俺たちが処理したとしても、多分また何か言われて日向さんに渡されるだけだと思いませんか!? 余計な心労をかけたくないと考えているのなら、捨てるのはやめた方がいいと思いますよ!?」



 紙を上にあげてなんとか取り上げられるのを阻止しながらそう叫ぶ。佐藤さんはそれには納得したのか、「確かに……」と小さくつぶやいて一応は諦めてくれた。

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