第28話

なんとか午前中の仕事を終えそうだという時、突然の来訪者の知らせに、働かない頭でなんとか来訪者を迎えるべく席を立ち、扉の方へと向かう。


 そして後悔した。



「ずいぶんな出迎えですね?」


「っ!?」



 がんっ! と頭を金槌か何かで殴られたような感覚に陥った。そこに立っているのは、書類上では私の夫となった人。そして、その手には何かを持っている。



「仕事中にそんな覇気のない表情でいては、周りに迷惑をかけるのでは?」


「……申し訳、ありません……気をつけます」


「ま、あなたがどう足掻いたところで、醜いことには変わりありませんが」


「…………」


「それよりも、あなたにはこれを渡そうとずっと思っていたんですよ」



 ひょいと手に握られていた紙を私の目の前に差し出す。それを両手で受け取り、中身の内容を確認する。そして、ああ、と納得する。



「離婚届。すでに僕の欄は埋めてあります。約束の日に、あなたが勝手に提出してください」


「……はい」



 ……あれ? 頭が、回っている。ぐわんって。目も霞んできた。自分が吐く息も荒くなっていることを自覚する。


 やばい、倒れるかもしれない。けれど、ここで倒れてはいけない。迷惑をかけてしまう。だから、踏ん張れ……!


 そう思ったのに、私の体は言うことを聞いてくれなくて。


 朝比奈さんの「おい」という呼びかけに答えることもできず、体が傾いていく。自分で踏ん張ることもできないまま、私は、勢いのまま床に体を叩きつけるようにして倒れてしまったのだった。


 同じ部署の人が注視してくれていたのだろう。すぐに悲鳴のような声が聞こえて駆け寄ってきてくれた人がいる。私に必死に声をかけてくれている。そんな中でも、私はぼんやりとした視界で、朝比奈さんが何かを言って立ち去っていく足元を見ていることしかできなかった。




**




side:紬の同僚たち




 紬ちゃんが朝比奈さんに呼ばれて扉のところで話をしているのをみんな横目で見ながら、聞き耳を立てている。しかし声は小さすぎて聞き取れなくてきっと私を含めた女子社員は悔しい思いをしているだろう。あの優しい声音がこんなにも直近で聴ける機会なんて滅多にないのに! と。


 紬ちゃんが朝比奈さんと結婚したという噂を聞いた時は、正直に驚いた。この部署に衝撃が走ったのだって間違いはない。けれど、真面目に仕事をコツコツとこなし、正直、見目も綺麗すぎる紬ちゃんに勝てる気がすると思っているような愚か者の人間はこの部署には存在しない。


 一瞬の衝撃の後、納得と、おめでとうという気持ちの方がみんな強かったと思う。

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