第27話

「紬ちゃん、大丈夫かい?」


「は、はい……2人、一緒にいられると、怖くて……」


「……どこまで君が、理不尽な目にあえば良いのだろうね……」


「私は、良いんです。1人ずつならまだ我慢できますし、受け答えもできます。まだ、大丈夫なんです……」


「だけどね……」


「もう、莉子ちゃんにも伝えていますが、私と朝比奈さんとの婚姻は、書類上だけのただの【契約】で、一年後……来年の3月には、破棄される約束があるんです。だから、その日まで、私が耐えれば良いだけなので……」


「紬ちゃんだけが我慢をするのは、フェアじゃないだろう?」


「いいえ。朝比奈さんは、私という認めることのできない女と、婚姻という理不尽な【契約】をしてしまっているのです。私が存在するだけで、すでにフェアと言えるでしょう」


「紬ちゃん……」


「今日も、ありがとうございました。また……きます」


「……」



 そういって、私は体を伸ばしてなんとか立ち上がる。診察室を出ようとしたけれど、もしこの扉の外にだまたらどうしようと体が恐怖に固まってしまいなかなか体が前に進まない。それを見て、私をずっと励ましてくれていた看護婦さんが私の代わりに一度外に出て状況を2人がいないこと確認して、私を連れて外に出る。そのまま林さんが待っている車まで付き添ってくれた。


 今まで看護婦さんに連れられたことなどなかったから、林さんはすごく驚いていて怪我の状態が悪いのかと心配までしてくれた。


 私はただ首を振るだけしかできなくて心配そうに私を見つめている林さんに、看護婦さんがこの人は敵ではないと認識したのかあらましをざっくりとだが話してくれる。林さんは自分の息子がまた迷惑をかけたと、再び私に頭を下げて謝罪をしてくれたけれど、今回は別に邂逅したわけでもなければ酷い言葉を彼に浴びせられたわけでもないため、大丈夫ですからと必死に取り繕う。


 そうして、私はいつもよりも少し遅めに、自宅となっていうマンションに帰って行ったのだった。






 眠れない日々が続いてしまい、頭がぼうっとし始める。体もふらふらになっていて、迎えにきてくれた林さんが心配そうに声をかけてくれたけれど、大丈夫の一点張りでなんとか押し通す。


 いつもよりもよほど会社に近いところでおろしてもらったことにも気づかず、私は体をふらふらとさせながら出勤をする。


 周りの人にも「大丈夫?」と聞かれるほど、私の顔色は良くないらしく、一応化粧をしているけれど、そんなものでは誤魔化せないらしい。


 それでも、仕事に穴を開けるわけにはいかないからという理由を述べ、私は机に齧り付いた。

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