第26話
「どうかなさいましたか?」
私が、今まで聞いたことのない、冷たい声音でおじいちゃん先生がそう聞いている。そのことに内心驚きながらも、今自分のすぐ近くに2人が揃っていることが怖いと感じてしまう私は、もしかしたら精神的にすでにおかしくなっているのかも知れない。被害妄想も甚だしいと自分でも思いながら、それでも、体の震えは止まらなかった。
「今、ここに入ってきた女性に会わせていただけませんか?」
「!?」
「なぜですか?」
「話したいことと、聞きたいことがあるからです」
「……あいにくと、ここにいる患者様はあなたがおっしゃっている患者様ではないようだ。お引き取りを」
「で、ですが、今ここに入ってきたのを確かに……!」
「おい、颯太、もう良いだろう」
「翔……」
「僕は別にあの女と会いたいとは思わない。正直、顔も見たくない」
「翔、だから、それは……!」
「誤解かもしれないって? どうして? 事実、華はいじめられて、泣いていたんだぞ。その元凶はあの女のせいだっていっていただろう。悪いのは、あの女だ。むしろ、一年でも僕の妻と名乗れることを誇りに思って欲しいね」
「翔!」
「………さ、人違いとご理解いただけだでしょう。お引き取りを」
「ま、待ってください! 俺が……!」
「そういえば、あなたが噂で聞いた紬ちゃんの夫となった朝比奈翔さんですか」
「? 紬?」
「自分の妻の名も覚えられないとは……嘆かわしいですね。これでは紬ちゃんがあまりにもかわいそうだ」
「自分の妻となるもの以外にはとんと興味がわかなくてね」
「そうですか。お引き取りを」
「もちろん、僕もそうしたいのは山々だが颯太が納得していない」
「だからそれは!」
「もう良いだろう、華が大学で待っていると連絡を入れているんだ。お前が運転してくれないと、迎えに行けないだろう」
「……っ、翔……っ!」
「ああ、それにしても、一応妻を名乗る女がここにいるかもしれないのなら伝えておいてくれ。お前に払う金はないとな。治療費も全て自己負担だと」
「……お引き取りを」
そういって、おじいちゃん先生は今までにないほど、ドスの効いた声で2人にそう促す。そのあまりの声の低さに2人は少し慌てたように部屋を出て行ったのを足音で確認する。
私の震えはなかなか止まらず、看護婦さんが懸命に背中を撫で続けている。
「……何、今の……最低……!」
私が向けられない怒りを、看護婦さんが代わりに向けて、言葉に出す。
震える体を小さく小さくして、私はまるで卵の殻に閉じこもる雛鳥のように丸くなる。
「……紬ちゃん」
「!!」
かけられた声の優しさに、私はハッとして顔を上げれば、そこには本当に心配そうな表情のおじいちゃん先生と、看護婦さんがいて。
2人のその顔を見た瞬間、私は、心の底から安堵のため息を吐き出したのだった。
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