第22話

帰りに、私は変わらずに林さんの運転で送ってもらう生活が続いていた。あの日の朝、朝比奈さんにコーヒーをかけられてしまった日、流石にそのまま会社に出社するわけにはいかなかったので軽くシャワーを浴びてから出勤することに決めた私は、会社に遅れてしまう旨の連絡を入れた。体調が悪いのかと部署の人に聞かれたけれど、体調は大丈夫だけれど、個人的な理由でどうしても時間内にいけないことを説明し、謝罪をすれば、わかったとの返事をもらい、少しゆっくりと準備をすることにしたのだ。


 今働いている部署は、完全実力主義で、私はそこでコツコツと仕事を続けてきた甲斐もあってか、信頼はされていると思う。流石に会社内の私のいる部署に華が入れるはずもないので職場は一番の天国だった。


 体をきれいにしてから着替えを完了させ、簡単に身支度をチェックしてから私は家を出る。いつか返さなければならない鍵で施錠をするという愚かしい行為に自嘲しながら、マンションから出て駅に向かって歩いて行こうとしたとき、突然、手首を掴まれた。


 流石に驚いて悲鳴を小さく上げて慌てて自分の手を取り戻そうと暴れようとしたとき、聞き覚えのある優しい声音耳に入ってくる。



「紬ちゃん!」


「!」



 そこにいたのは、私が逃げ出してしまった、林さんだった。気まずくて、思わず顔を逸らして仕舞えば、林さんがすごい勢いで頭を下げて謝罪を口にした。



「愚息の愚かな行為、大変申し訳ありませんでした……っ!!」


「え……?」


「あいつはきちんと叱りました、家内も同じようにしています。あなたに会わせることをしないよう、細心の注意を払います。ですから……わたくしから、家内から……距離を取らないでくださいませんか……っ?」


「……でも、私、は……」


「家内は、ずっとあなたのことを心配しております。一度、会いたいとずっと言っております」


「私には……そんな資格……が、」


「紬ちゃん、あなたがそのように思う必要はどこにもないのです。悪いのは我が愚息。あなたはなにも悪くない」


「……」


「一人で会うことができないというならば、あなたが心より信頼しておられるご友人も混ぜていただいて構いません。ですからどうか、一度でいいのです。家内に会ってはくださいませんか?」


「……」



 そう真剣に話してくる林さんを、無下にすることもできなくて、かといって頷くこともできなくて。どうしようかと途方に暮れていた私だったけれど、今この場で返事を返すことはできないと伝えれば林さんはわかりましたと引き下がってくれる。


 けれど、代わりに会社への送迎を申し出られ、さらに困惑してしまう。

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