第19話

けれど、あの家の自室として与えられている部屋に帰っても、休まっている気は全くしない。一月経つけれど、慣れるかなと思っていたがなかなか慣れなくて本当は少し寝不足と貧血になってきていた。


 とりあえずまだ貧血は鉄分補給でなんとか誤魔化してはいるけれど寝不足はどうしようもできなくて。


 あの部屋に、あと十一ヶ月も通い続けなければならないことが既に辛い。



(……別居を提案してみれば……ああ、だめだ。それならばすぐにでも離婚はしてくれたはず。外聞を気にしている人だったから、きっと別居だって許されるはずがないか……)



 考えながら家として住まわせてもらっている場所にテクテクと帰ってく。


 ようやく、マンションの前まで帰ってきたなとエントランスを見ればそのすぐそばには見慣れた車が一台止まっている。



(……ああ、なにも言わず、連絡もできないから、先回りして待っていたのかな……?)



 そんなふうに、冷静に分析できる自分が、なんだかすごくおかしくて。まるで気づいてないような風を装って、私は堂々と歩いていく。当たり前だけれど、呼び止められた



「紬ちゃん!」



 呼び止めたのは林さんだ。流石にこの状況で無視することもできなくて、私は足を止める。それでも、顔を見る勇気はない。


 一体、どんな表情をすればいいんだろう。一方的にお別れのメッセージを送りつけて、一方的に連絡を取れないようにした。


 こんなこと、慣れているはずなのに、こんなにも怖いと感じてしまうのは、やっぱり私が林さん達に【依存】していたからに違いない。


 一度止めた足だったけれど、我慢できなくなって思わず走ってマンションの中に逃げ込んでしまう。すぐにエレベーターに乗り込んで、そのまま私は部屋に一直線に逃げ込んだ。流石に車で帰ってこなかった私よりも朝比奈さんの方が早く帰ってきているため、今日はもうリビングに行くことはできない。リビングの明かりはついていて、そこに逃げ込むわけにはいかなかったのだ。


 いまだに慣れないピンクの強い部屋の中で、私は居心地の悪い思いをしながら、時間が過ぎるのをただ待つことしかできなかった。





 いつもより、全然眠れなかった私は、どうやら頭が本気で働いていなかったらしい。いつもより早い時間だったにもかかわらず、リビングに入ってしまったのだ。そして、その光景を見せつけられる。



「……!」



 声を出すことすらもできなくて、その場で目を見開いて固まってしまう。なんで、どうしてとそういう思いばかりが強くなって、逃げ遅れてしまった。


 先に気づいたのは、朝比奈さんだった。私の姿を見た瞬間、先程までのとろけるような微笑みを瞬時にかき消して、思い切り睨みを効かせてくる。そんなに睨まなくたって、私はなにもしないと言いたかったけれど、そんなこと言えるはずもなくて。


 そして、次にあの子も気づくのだ。



「あ、お姉ちゃん! おはよう!!」


「……お、はよ、う……」


「お寝坊さんだね! 朝ごはん、作らないの?」


「!! つ、作る、わ。なにが、食べたい?」


「んー、普通のでいいよ? 普通のでね?」


「わかった、でも……材料、そんなにないから、あまり期待しないで……」



 どうして、ここに華がいるのか、とか、昨日はどこで寝泊まりをしていたのか、とか。本当は聞きたいこととか言いたいことがあったはずなのに、全てが喉の奥で絡まって、言葉が出てこなくなる。代わりに、いつものように・・・・・・・、私は自分の意志とは真逆のことを口にするのだ。

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